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獣医業界での翻訳

獣医師として動物病院に勤務しながら翻訳業務も行っている三浦あかねさんに、獣医業界で翻訳需要のある文書にはどのようなものがあるのかうかがいました。

獣医師の活躍の場

「獣医師」と言っても、実は非常に幅広い職業で活躍しています。ざっと思い当たるだけでも、

 

・公務員(検疫など、人畜共通感染症や動物間の伝染病防止にかかわる、または食品衛生のような公衆衛生にかかわる獣医師)

・動物園などで、野生動物の保護や治療にあたる獣医師

・家畜(大動物や鶏、食肉や乳製品など)の産業にかかわる獣医師

・馬の診療にあたる獣医師

・犬猫小動物(鳥・爬虫類も含めて)の診療にたずさわる臨床獣医師

・家畜用飼料・ペットフードの製造会社、製薬会社(動物用の薬)、研究所(公衆衛生、薬品などなど)に就職する獣医師

・人との絆向上やアニマルセラピーに携わる獣医師

 

といったように、非常に多様です。大学で獣医学を教える教授陣ももちろん獣医師です。ちなみに、よく皆さんが「獣医さん」「獣医」と口にされますが、正式には「獣医師」です。ぜひ、veterinarianのことを呼ぶならば「獣医師」でお願いします。

 

同じ医学の業界でも、人に対する「医師」とは何が異なるのかと言うと、動物にかかわるすべての事柄は農林水産省が管轄していますから、獣医師が行う獣医業も、獣医師が使用する薬剤、ワクチン、食品その他もすべて、農水省の許可(認可)のもとに行われています。人の医療は、すべての事柄が厚労省による管轄ですので、医師と獣医師は職業柄、似ている面や共通の面もありますが、全く別の職種ですね。

翻訳需要が多いのは、獣医師のための参考書や専門誌

獣医業界で翻訳が必要とされる文書は、主に欧米の獣医学を日本の獣医師に伝える文書で、最も多いのは診療する獣医師のための参考書や専門誌です。特に犬猫や小動物の場合は、様々な病気の診断法や治療法が日々変わってきているので、新しい情報を活発に取り入れる傾向が強いと思います。

 

こういった情報を翻訳しているのは、実は獣医師や獣医師の卵がほとんどです。私自身も、臨床獣医師として自身のクリニックで診療を行う傍ら、欧米で出版されている数百ページにわたる参考書の新刊または改訂版、獣医学啓蒙活動の一環として欧米の企業が獣医師向けに発行する専門誌や、論文の翻訳も行っています。翻訳の依頼は主に出版社から、大学教授や二次診療を有する動物病院の院長などに来ます。大学であれば、教授からその研究室に所属する学生、研修医、大学院生に、動物病院の場合は院長から勤務医に、実際の翻訳が振り分けられます。

 

また、私は犬猫・小動物・エキゾチックアニマルの診療を行う臨床獣医師に向けて情報を提供する会員制のWebサイト「Veterinary Medical Network(VMN)」を運営する会社の翻訳スタッフを務めています。会員は獣医師のみの有料サイトですが、獣医学生も学生会員になることができます。このサイトでは専門誌に掲載された論文を翻訳して提供するほか、画像や動画でのオンラインセミナーを実施したり、我々獣医師が専門医に症例を相談できたり、国内外の講師を実際に招聘した定期的なセミナーを実施しています。情報は、過去のものはアーカイブとして残しつつ、新しいものを常にアップデートしています。

 

現在は、会員に提供する専門書や文献の要約情報や、VMNが主催する欧米講師陣による教育セミナー資料の翻訳を受け持っています。また、米国テネシー州立大学で定期的に行われる犬のリハビリテーション認定資格取得のための講義を、VMNでもオンラインセミナーとして運営しています。このオンラインセミナーでは資料も翻訳しますが、受講生はインターネット上の動画で講義を受けるので、配信前に日本語の音声を収録するため話されている内容を翻訳して、日本語版台本も作成します。

 

ちなみに以前、個人的な興味があってフェロー・アカデミーの通信講座で映像翻訳の講座を受講したことがあったのですが、このセミナー動画用の台本作成に、映像翻訳の講座で得た知識が役立っています。VMNでの翻訳の仕事は、数名の獣医師(英語が得意で、各地方でそれぞれ臨床の仕事をしている)から成るチームで行っており、私がリーダーとなって、チームメンバーが翻訳した用語や内容のダブルチェックといった校正を行っています。

 

獣医学の発展と共に、獣医療もたとえば眼科、腫瘍科、脳神経科、皮膚科、軟部外科、整形外科などへの細分化が進みます。翻訳する情報には科目によって専門用語がそれぞれにあり、特に、脳神経、整形外科、画像診断(MRIやCTなど)は新しい用語や解剖学用語が難しいですね。専門用語だけでなく、同じ単語でも科目によっては意味や解釈が違うこともあり得ますので、今後はもっと難しくなってくるように思います。それを一般の臨床獣医師が読んでも分かりやすいように、平易な日本語に表現することも課題です。さらに、専門用語ではありませんが、著者の学歴や肩書きが日本では馴染みのないものであったり、各国によって獣医師資格を取得する大学などのシステムが違っていたりするので、実際の訳文には直接影響しない部分ですが、下調べの段階で結構時間がかかってしまうことがあります。

まずは整然と、正確に、簡潔に表現することが大切

私は中学生の頃から英語がずっと好きで、獣医師になりたいと思ったのも同じ時期でした。様々な事情が許せば海外で獣医学を学んでみたかったのですが、その機会は得られなかったので、せめて、日本にいても常に英語の情報には接していたい、という気持ちを強く持ち続けていました。そのため、各大学の先生にも機会があれば翻訳の仕事を回してもらえるようお願いしていました。

 

獣医学関係の情報を和訳する機会が増えるにしたがって、自分の翻訳はこのままではいけない、と思うようになりました。特に、翻訳の仕事を分担するようになり、人の訳の校正など私がまとめ役になる機会が増えてきた責任から、きちんと基礎を勉強しておかなくてはならない、と実感しました。いろいろ探した中で、フェロー・アカデミーのWebサイトを読んで、とても親しみやすく、ここなら間違いなく自分の求めている講座を受講できる、と思いました。ありがたいことに、通信講座もラインナップが充実していたので、本当に助かりました。こちらで学ばせていただいたことは非常に大きかったです。日本語をうまく紡いで、著者の言いたいことはそのままに、わかりやすい日本語にするという作業が、講座を受ける前と後では大きく違ってきました。特に、言葉の選択肢の範囲が大きく広がったと思います。また、通信講座だけでなく短期集中講座に通ったこともありますが、そこでは真剣に翻訳業に取り組んでいらっしゃる方々とご一緒して、皆さんの訳や姿勢から学ばせていただいたりもしました。

 

受講中でも、日中は仕事をしていたので、学習のためのまとまった時間が取れるのがどうしても夜中になってしまいます。その代わり、1時間だけやったら寝る、など、量と時間を決めていました。休みの前日にはもう少し遅くまで起きて、課題の読み直しなどをしました。ただ課題量は、コツコツやれば、そんなに大きな負担には感じませんでした。もちろん、どの言葉が一番この訳にあっているか、探したり調べたりするのに時間を取られることもありましたが、全体的には、仕事をしながらでも十分にこなせる量なので、ありがたいと感じました。

 

プロの翻訳者を目指す方は、獣医学に関する情報も、まずは整然と、正確に、簡潔に表現することが大切ではないかと思います。特に数字・単位などは間違えないようにしたいですし、統計に関しても少しは知識があったほうが良いかもしれません。ある程度、数を重ねて慣れるのも必要でしょう。あとは、以前ほかの方もおっしゃっていたと思いますが、上手な日本語の文章を普段からよく読んでおくことも大事だと思います。ニュース記事やコラムなど、なるほど、こういう日本語の言葉や表現があるんだと勉強になります。

取材協力

三浦あかねさん

日本大学農獣医学部(現、生物資源科学部)卒。動物病院勤務を経て、1998年に開業獣医師に。2009年からフェロー・アカデミーで翻訳学習を始め、通信講座「翻訳入門<ステップ18>」、マスターコース「メディカル」修了。

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