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医薬品の輸出入に伴う英訳業務を解説!
小倉さんの勤務先である製薬会社では病院向けの医薬品の製造・販売を行っています。
医薬品の輸出入にともなう書類を中心に翻訳が必要な文書とその内容、またご自身が翻訳する際に心がけていることについてお聞きしました。
輸出入に必要な書類から企業間のビジネスまで
製薬会社の翻訳対象物は広範囲
私が関わったことのある翻訳の中には、まず新薬申請や輸出入にともなう書類があります。発生頻度は高くはありませんが、日本語の資料に変更が出るとそのたびに翻訳が必要となります。具体的な書類には、例えば以下のようなものがあります。
「照会事項」:申請者(医薬品開発企業)が新薬の承認申請のために提出した資料について、審査当局から送られてくる質問のことで、申請者は照会事項に対する回答を文書で提出する必要があります。場合によっては照会事項の内容を提携先の外国企業に知らせることがあり、その際に英訳作業が発生します。回答までの期間が短いので、スピーディーかつ正確に訳す必要があります。また内容が専門的で難易度が高い為、理解するにはある程度の知識を要します。
「製品検査用チェックシート」:医薬品を出荷する際には外観検査を行います。外観検査の内容(項目、判定基準、取り扱い等)をまとめて書類化したものを提携先の企業と共有する際に英訳を行います。
「検査手順書」:医薬品製造においては製造の一連の流れを手順書にまとめて文書化します。各種手順書のうちの検査の流れについて纏めたものが検査手順書です。
「製品輸送条件検討書」:輸入時の輸送条件を検討して書類にまとめたものを指します。手段(航空便・船便)、経路、温度管理の必要性の有無、包装形態などの条件があり、検討後最適な条件下で輸入を行います。
また海外で製造した医薬品を輸入する場合は、製法や製造工程を厚生労働省(PMDA)に届ける必要があります。申請は日本語で行いますが、申請内容を取引先に確認していただく際には製法や製造工程に関する申請書類の英訳を行います。これらの書類を訳す際は製造に関する知識および専門用語の理解が必要です。
こうした書類以外に、ポスター、プレゼン資料、レター、メールなどの英訳業務も発生します。ポスターは学会発表時に用いるもので、特にライティング力が必要とされ、英語のポスターとして分かりやすく、かつ専門家からみて自然な表現を心がけています。プレゼン資料の内容は、来日企業向けに用意する会社概要、工場見学前にお見せする製造の流れ、海外出張時のディスカッションの要点、問題点の要約など多岐にわたります。レター、メールは海外の取引先宛のもので、問題(製品の不具合)が発生した場合や詳細説明が必要な事項(薬事法がらみの事案)などがあります。相手にとって必ずしも喜ばしい内容でない場合は特に表現に気をつけ、こちらの論点を明確にしつつも、相手を不快にさせないよう心がけています。いずれの翻訳にも共通して必要なのは、書かれている内容に関する知識や専門用語の理解と、分かりやすく明確に伝わる表現だと思います。
スタートは、医薬の知識ゼロ
私はアメリカに留学したことがあるのですが、留学中も日本に帰国してからも、自身や周りの人の病状を英語で伝えねばならない環境にあったため、都度辞書を引きながら専門用語を調べていました。日常会話に不自由しない英語力がついてからも専門的な医薬用語までは分からず、そうした自分の経験から、医薬翻訳を通じて社会貢献ができるのではないかと思うようになりました。
その後、医薬分野未経験で就業できる製薬ベンチャーに勤務し、治験をはじめとする医薬関連事項をOJTで教えていただき、なおかつ自分でも分からないことを調べて知識を増やしながら、翻訳に従事していました。自分の専門知識に関しては前職のOJTで培われた部分が大きいです。また当時、仕事と並行して治験関連の翻訳講座にも通学し、必要な知識や翻訳技術を学んでいました。
通信講座で形成できた翻訳スキル
治験の講座を受けたあと、仕事として翻訳を行うのにふさわしい外部評価を得るため、翻訳者ネットワーク「アメリア」の定例トライアルを利用していましたが、自分の具体的な問題点やその改善方法をもっと知りたいと思い、力試しのつもりでフェロー・アカデミーで西村多寿子先生のマスターコース「メディカル」に挑戦しました。論文の翻訳は初めてでしたが、先生から配布された参考資料を読み、自分でも辞書や関連するサイトを見て背景を調べながら少しずつ理解を深めていきました。そのため課題を訳すのに非常に時間はかかりましたが、おかげで統計に関する基礎知識を得ることができました。
また課題提出後、講評で課題の難解な部分を解説していただけるので、内容を理解したうえで先生の訳例を読むことにより、なぜ自分の訳が違うのか納得できました。定例トライアルの際にまったく理解できなかった部分についても、講座が終わるまでにはその原因が統計の読み取りに必要な背景知識の不足と専門用語の理解不足にあったことが分かりました。半年の受講期間はあっという間で、もっと学習を続けたくなり、引き続き佐古絵理先生のマスターコース「メディカル」で学習を続けることにしました。
佐古先生の講座の教材は医薬品関連文書で、提出課題全般にコメントをつけて非常に丁寧に添削してくださるので、自分の表現のどこが問題なのかがよく分かりました。また課題提出時に記入する質問にも一つ一つ丁寧に答えてくださるので、訳出中に疑問に思ったことは都度解消できました。添削に加えて自分の訳文に即したアドバイスもいただけるので、次回の訳文に活かせるよう、いつも読みこんでいました。自分では意識できない訳の癖なども見えてきて、読みやすい訳文になるよう、できるだけ訳例の表現を取り入れることを意識して課題を行いました。
講評などを通じて先生の温かい人柄が伝わってくるのも、前向きな気持ちになれてよかったです。後半は時間がとれず課題提出を諦めかけたのですが、先生の言葉に励まされてなんとか全回提出できました。この講座を通じて、いきなり英単語を日本語に置き換えるのではなく、内容を理解したうえで簡潔で読みやすい訳文を作る、という姿勢を身につけることができました。
急がば回れ
調べものは念入りに
仕事で英訳するとき、分からない単語は常にインターネットで背景を含めて調べるようにしています。辞書には載っていなくても実際の現場でよく使われている用語もあるので、できるだけ日英併記のサイトを複数あたり、専門家が読んでも違和感のない用語を使うように心がけています。日英併記のサイトが見つけられない場合は日本語のサイトと類似した英語のサイトを探し、専門用語を比較するなどして、最適な訳語を探します。
さらに、自信のない用語はすべて実際の用法をネット上で調べて裏付けを取るようにしています。時間はかかりますが、誤訳を防ぎ、より自然な訳文を作成するには必要な過程だと考えています。
今後の目標は、質を下げずに少しでも翻訳スピードを上げていくことです。そのためにはさらなる知識の取得が不可欠だと認識しています。また単なる用語の置き換えにとどまらず、簡潔で自然な訳文を提供したいと考えています。次は「ほんやく検定」の取得にもチャレンジしたいです。
医薬の知識ゼロから翻訳学習を始め、今でも道半ばの身ですが、私から学習中の方に言えることとしては、基礎知識をお持ちの方は英語・日本語の読解力が、また基礎知識があまりない方は知識の取得が必要だと思います。一口に医薬といってもかなり幅があり、全ての分野に精通されている方は多くないと思います。まずは縁のある分野から始めて徐々に間口を広げていかれるのも一つのやり方だと思います。
取材協力
小倉夕香子さん
企業研修の英語講師業など経て製薬業界へ。現在は製薬会社に勤務し、社内業務の一環として翻訳に携わっている。フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース「メディカル」を受講。