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金融翻訳者にとって武器となる、保険関連の翻訳
大きく金融業界に分類されるなかでも、とくに「保険」というジャンルに焦点をあてて、聞いてみました。
保険分野の翻訳に対応できるというのは、
大きな武器になります
保険会社で発生する翻訳案件には、一部、金融機関全般にも共通しますが、保険約款、保険商品パンフレット、契約のしおり、契約内容確認書、保険数理資料、資産運用・与信管理レポート、リスク管理資料、金融庁検査対応資料、国内外の規制当局発表資料(監督指針など)などがあります。
その他に、業界を問わずどの企業でも必要になる文書の翻訳対応もあります。具体的には、経営計画・経営方針、経営会議資料、内部監査報告、決算報告・IR関連(アナリストミーティング資料)、アニュアルレポート・会社案内などのディスクロージャー資料、プレスリリース、稟議・決裁書、営業マーケティング資料、ITシステム関連、人事関連、社内研修資料(個人情報管理、コンプライアンスなど)、社内規程、契約書、新聞・雑誌記事、CSRレポート、業務提携資料、ウェブサイト掲載資料などです。
私の場合は、外資系生命保険会社に社内翻訳者として勤務していましたので、当時は外国人役員や米国本社幹部のための英訳、日本人役員や担当部門のための和訳、といった社内の意思決定や意思統一に必要な会議・報告資料を中心に翻訳していました。社内翻訳者として勤務する前は、特に保険の知識はありませんでしたが、保険に詳しくなれば翻訳者として武器になるという思いはありました。入社が決まってから保険の入門書を何冊か読み、入社後は会社と生命保険事業について理解するために、まず米国本社の年次報告書の英語版と日本語版をじっくり読み比べながら用語・表現集をつくりました。それから、実際に引き受けた翻訳案件に疑問点を一つずつ解決しながら対応していくことで徐々に知識を身につけていきました。例えばリスク管理関連のまとまった案件が発生した時には、担当部門の方に参考になる書籍を教えていただいて家で勉強するなどしました。
フリーランスになった現在は、お客様向けの保険商品・サービス案内、契約のしおりや契約内容確認書、投資家向けのプレスリリース、IR資料、会社案内などのディスクロージャー資料、また、広く一般の方や業界関係者の方の目に触れる保険業界誌記事、ウェブサイト掲載資料などを翻訳しています。また、損害保険関連の仕事も受注していますが、損保は扱う対象が非常に幅広いため、国内外の業界団体や主要損害保険会社のサイト等のリサーチを含め、一つずつ調べながら知識を積み上げています。
「保険」という括りで生命保険・損害保険を問わずさまざまな翻訳依頼をいただきますが、生命保険と損害保険とでは扱う対象も概念も使う言葉も異なります。損保では、一般的な自動車保険や火災保険、傷害保険などのほか、船舶保険、取引信用保険といった事業に特化した保険や、サイバーセキュリティ保険など比較的新しい商品もあります。たとえ馴染みのない内容であっても苦手意識を持たずに、新しい知識を得られることを楽しむつもりで翻訳に取り組んでいます。また、金融翻訳を専門とされている方でも、保険は敬遠される方が多いと聞きます。つまり、保険分野の翻訳に対応できるというのは大きな武器になりますので、これからも勉強を重ねながら積極的に引き受けていきたいと思っています。
「翻訳する」ということは、
実務翻訳も出版翻訳も変わらない
私が翻訳者を目指したのは、新卒で入った旅行会社を退職後、米国マサチューセッツ州政府観光局でインターンとして勤務していた当時、観光案内のパンフレットを翻訳する機会があり、異文化の橋渡しをする翻訳の面白さに気づいたことがきっかけです。
帰国して数年後、前職の外資系生命保険会社で勤務していたとき、経済・金融の知識を体系的に整理するためにフェロー・アカデミーで吉本秀人先生の通学講座を受講しました。毎回授業の前半で、FRBの金融政策やIPOなど、課題テーマの背景を詳しく解説してくださるのが楽しみでした。その際にとったメモや配布資料は今でも仕事に役立っています。
また、上原裕美子先生の通信講座マスターコースも受講しました。いつか出版翻訳を手がけたいという思いがあり、そのヒントを得たかったというのが受講の理由です。上原先生は毎回訳文に丁寧なコメントを入れてくださり、大変勉強になりました。なかでも、会話文の硬さについてのご指摘を受けてそれを改善できたことが、出版の仕事につながったと思います。
初の訳書は『10年後、後悔しないための自分の道の選び方』で、オーディションで翻訳者に選んでいただきました。翻訳期間は約2カ月。その間は実務翻訳の仕事をすべてストップし、本の翻訳に集中しました。訳文納品から8カ月後の10月中旬に刊行予定日の連絡があり、その後追加原稿の翻訳対応を経て、11月下旬に晴れて刊行されました。紀伊国屋新宿本店の新刊コーナーに並んだ訳書を見たときには、感無量でした。
原文に書かれている内容を過不足なく読みやすい日本語に再現するという作業は、出版翻訳も実務翻訳と変わりません。その点、本の翻訳でも実務翻訳の講座や仕事で学んだことは大いに役立ちました。ただ、著者の名前で本が出る、200ページ余りの分量を読者に負担なく読ませる必要があるという点では、実務翻訳とは違った責任とプレッシャーを感じました。そうした心構えについては、マスターコースでの上原先生のアドバイスが指針となりました。
これから翻訳者を目指す方へのアドバイスですが、どんなジャンルでも、翻訳に必要な読解力と表現力、専門用語や言い回しを身につけるには、まず読むことが基本です。金融翻訳に携わるならば、日経新聞は教材として欠かせません。ReutersやBloombergの配信記事を毎日チェックするのもおすすめです。The Wall Street Journal、The Financial Times、The Economistも余裕があれば読むとよいと思います。英文記事を読むときは、スラッシュ・リーディングやサイト・トランスレーションをしながら、頭から意味をつかむ癖をつけていくと、読むスピードと読解力が上がります。また、体系的な知識を得るために資格試験を利用するのも一つの方法です。私はUS CPA試験を活用しましたが、試験勉強を通して財務会計・監査・米国税制の基礎知識や表現をおさえることができました。
取材協力
矢島麻里子
旅行会社勤務を経て渡米。帰国後、数社で翻訳業務にかかわり、現在はフリーランス翻訳者として活躍中。訳書に『10年後、後悔しないための自分の道の選び方』。2014年からフェロー・アカデミーの通学講座「経済・金融」「経済・金融ゼミ」、通信講座マスターコース「ノンフィクション」などを受講。