WORKS
「治験」メディカル翻訳の宝庫
メディカル翻訳者を目指す方にぜひ知っておいていただきたい、治験のプロセスにともなって発生する翻訳文書をご紹介します。
翻訳ニーズ大
さまざまな用途・対象にわたる治験関連の文書
新薬を開発する過程で、基礎研究、動物などを用いた非臨床試験を経て、最終段階でヒトを対象に行われる試験を「治験」と呼びます。
海外で開発された薬であれば日本向けに、日本で開発された薬であれば海外に向け、治験概要やその結果を国のガイドラインに則って翻訳する必要が出てきます。
翻訳の対象となる主な文書を挙げると……
■治験薬概要書
治験の実施を依頼する製薬会社などが、治験を実施する医師に向けて作成する文書。
治験薬の特性や、過去に実施された試験の成績などがまとめられている。
■同意説明文書
被験者候補となる患者に向けて作成される文書。
患者はこの文書を読んで治験の内容を理解し、治験に参加するか否かを決める。
■治験実施計画書(プロトコル)
治験の目的、実施方法、被験者の選択・除外基準、統計解析手法など、治験の実施に必要な情報が書かれた計画書。
日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)で定められたガイドラインにもとづいた書式で項目立てが行われるのが普通。
■症例報告書
治験責任医師などが、被験者の情報を治験依頼者に報告するために記録する用紙。
被験者のイニシャル、年齢、性別のほか、治験薬の投与状況や有害事象(医薬品を摂取した人に起こる“あらゆる好ましくない出来事”)の発現状況などに関する情報が記録される。
■治験総括報告書
治験の結果を報告する文書で、治験実施計画書の内容に治験結果が追加されたものといったイメージ。
治験に関する文書は、用語の定義や書式がICHガイドラインに準ずる場合が多いため、翻訳の際にもガイドラインを参照することが必須です。また、正確さが重視されるため、製薬会社がチェックしやすように原則としては意訳よりも直訳が求められます。ただし「同意説明文書」は、被験者候補となる一般の方に向けた文書なので、平易な表現を用いて読みやすい内容に仕上げる工夫が求められます。
新薬の開発・承認申請が世界規模で行われる昨今、複数の国で同時に治験を行う国際共同治験(グローバルスタディ)という方法もあります。治験に関する文書をスピーディーに和訳・英訳する場面がありますので、メディカル翻訳者を目指すうえで目の離せないジャンルといえるでしょう。
地方在住、文系出身でフリーのメディカル翻訳者に
荒井さおりさんインタビュー
私が翻訳に興味を持ったきっかけは、最初の就職先の商社で健康関連商品の輸出業務に携わったことです。通常の貿易事務に加え、商品のパンフレットや資料を英訳する機会も多く、医学書を参照しながら格闘するうちに翻訳と医学の両面に興味を持ち、通信講座で勉強を始めました。専門性が高いので文系出身の私は不利かも、と思いましたが、そのぶんやりがいを感じてチャレンジしたいと思いました。フェロー・アカデミーのマスターコースでは、医薬翻訳そのものはもちろんですが、必要な情報を効率よく探し出すためのインターネットリサーチのコツをたくさん学べたことにも感謝しています。
商社に勤めながら通信講座を受講して2年くらい経った頃、ある翻訳者の求人に応募しました。トライアルに合格し、すぐにフリーとして初仕事をいただきましたが、実際にやってみると自分の実力がまだまだプロレベルでないことを痛感。先方の翻訳会社もやはりそう感じられたようでした。しばらくして先方から、翻訳者になるうえで勉強になるから社内で医薬翻訳コーディネーターをしてみないか、とお誘いいただき、そこに転職しました。多忙な仕事でしたが、受注から納品までの流れを把握できたことは、フリーランスの翻訳者になった今、大変役に立っています。
その後、製薬会社に派遣社員として勤め、有害事象の報告を中心に、文献や各種資料の英日・日英翻訳に携わりました。公表されない文書に直接目を通せたり、社内研修で医薬品開発の全体的な流れを学べたりしたのは貴重な経験です。就業と同時に通信講座の受講も再開し、この時期に翻訳力が一気に伸びたように思います。独立のきっかけをくださった翻訳会社との出会いもこの時期でした。翻訳者ネットワーク「アメリア」の求人を通じてトライアルを受けて以来コンスタントにお仕事をいただき、今までとても良い関係を築いてこられたと感じています。最初の頃はまだ実力不足の私にフィードバックをくださったり、依頼の内容・分量を調節してくださったりと、この翻訳会社に育てていただいたようなもので、とても感謝しています。派遣で働きながら、休日に翻訳会社からの案件をこなす「二足のわらじ」生活は2年近く続きました。ありがたいことに後者の仕事が順調に増え、お勤めとの両立がさすがにきびしくなったところで念願の独立を果たしました。
私はもともと名古屋在住で、転職を機に大阪に移住しました。大阪には昔から薬問屋が集まっているエリアがあり、今も多くの製薬会社の本社、そして医薬系の翻訳会社が存在するので、私はこの地でいわゆる「地方ハンデ」を克服できました。ただ、今はインターネットの普及で、翻訳の学習や情報収集、仕事の受注・納品がしやすくなったので、どこにいても地方ハンデはほとんど生じないように思えます。実際、現在取引きしている翻訳会社の方々とはほとんどお会いしたことがなく、普段の仕事上のやりとりは電話やメールで行っています。
ちなみに、文系出身の私が医薬の知識をつけるために行った勉強法として、解剖生理学や薬理学の教科書は何度も読みました。会社の業務や講座の課題で出てきたテーマを出発点に、その領域や関連分野を勉強していったのですが、その過程で購入した医学書も多数あります。バックグラウンドのない方に特にお勧めのテキストは『MR研修テキストⅠ~Ⅲ』。製薬会社のMR(医薬情報担当者)向けに医薬の知識をコンパクトに幅広く網羅しているので勉強しやすく、これらを読みこなすだけでもかなりの知識が身につくのではないでしょうか。
医薬翻訳は私の知的好奇心をかきたててくれる、非常にやりがいのある仕事です。医学の世界で日々なされている興味深い発見に少しでも関われることは光栄ですし、新薬関連の翻訳を通して微力ながら社会に貢献できていると感じられる点も魅力です。今後も、スピーディーかつ品質の高い訳文が求められる最近の状況に対応すべく、限られた時間のなかでも見直しを怠らず、完成度の高い訳文を提供することを目標にしています。また医学系書籍の出版翻訳にも興味があるので、将来的にはぜひ自分の名前が残る訳書も手がけてみたいです。
最後になりますが、「二足のわらじ」を経て独立したいとお考えの方は、保険や年金の種類が変わることなども想定に入れておき、フリーランスに転向するタイミングをしっかりと見極めるのが大切かなと思います。転向には不安も伴うでしょうが、在宅で医薬翻訳にどっぷりと浸るのも至福です。十分な下積みがあれば、あとはより多くの案件をこなすことでどんどん翻訳者としての力がついてくると思いますので、頑張ってください!!
取材協力
荒井さおりさん
米インディアナ州の大学院を卒業し、修士号を取得。商社勤務中にフェロー・アカデミーの通信講座でメディカル翻訳の学習を開始。その後、翻訳会社、製薬会社へと転職し、勤務のかたわら在宅翻訳も受注する「二足のわらじ」生活を経て完全フリーのメディカル翻訳者に。現在は新薬開発関連文書をはじめ幅広い翻訳に携わる。