PERSONS
専門知識のないゼロからのスタート。
自動車分野で信頼される翻訳者に
子育てと仕事の両立を目指したい、というきっかけで挑戦し始めましたが、最初はトライアルにもまったく受からなかったそうです。
奥田さんがどのようにして信頼される翻訳者になっていったのか、お話をうかがいました。
通訳からスタート
小学生の頃にテレビで通訳の方を見て、「私もあんなふうに英語をペラペラしゃべりたい」と通訳という仕事に漠然としたあこがれを抱きました。
大学卒業後に一般企業に就職したものの、英語へのあこがれは消えませんでした。そこで留学資金を貯め、イギリスで4年間を過ごしました。帰国後に外資系の企業に勤め、ようやくあこがれていた通訳の仕事に就くことができました。通訳のほかに翻訳の仕事もしましたが、翻訳のように細かくて、じっと机に向かってやる仕事は、自分には向いていないと思っていました。だから、当時はまったく興味はありませんでしたね。
翻訳への道は、実は消去法
結婚して子どもができ、環境のよい場所で子育てをしたいという思いがあり、東京から伊豆半島に引っ越しました。勤めていた会社も辞めて、英会話教室と電話カウンセリングの仕事を始めましたが、育時・家庭との両立が難しく、仕事として続きませんでした。
そんなこんなで、会社に勤めていた頃に経験した翻訳の仕事は在宅でできるし、やってみようと思ったんです。ただその頃も、まだ自分に翻訳が向いているとか面白そうだとか思っていたわけではなく、ただ英語を使って在宅でできる仕事が他にないから始めた、という感じでした。
専門を自動車分野にした理由
最初の2年くらいは、ほとんどトライアルに受かりませんでした。でも、「あきらめなければ何とかなる」を座右の銘に、それまでいろんな壁を乗り越えてきましたから、途中でやめようとは思いませんでした。
このような時期にいただいた仕事の依頼が、たまたま自動車の分野でした。英文科卒で自動車に関してはまったくの素人だった私ですが、幸い夫が自動車の技術的なことに詳しく、この分野だったら夫に聞きながらなんとかなるのではないかと思い、引き受けました。翻訳して納品し、しばらくすると後続案件が送られてきたので、なんとか合格点がもらえたのだと思いました。これをきっかけに自動車関係に専門分野を絞るようになり、仕事も徐々に増えていきました。
経験を積むにつれ、自分の頭の中に決まった訳文パターンが蓄積され、語感が養われていくのが分かりました。そうなるまでに2年ほどかかりましたが、その頃からトライアルも受ければすべて合格するようになりました。
「自動車関係ができるのなら機械もできるでしょう」と言われ、機械関係の案件を依頼されるケースも多くなりました。他にも、IT系の翻訳、放射能関係の翻訳など、いったん仕事が軌道に乗り始めると、得意分野以外にもいろいろと打診されることが増え、守備範囲も広がっています。
読み手を想像しながら最適な訳文をさぐる
私のモットーは「読み手が読んだ際に何の抵抗もなく、意味だけがすっと頭の中に入ってくる訳文を作る」こと。常に読み手を意識しながら翻訳をしています。
操作仕様書などは、発展途上国の技術者を中心に読まれる場合が多いと思いますので、英語圏以外の技術者が読んだ時に分かるような平易な単語や言い回しを使用します。また語の並びなどにも気を使います。
例えば、「ユニットに触れる際には、電気ショックを避けるために、必ず電源部分を切ってください」という文章を直訳すると“When touching the unit, be sure to turn off the power supply to prevent from electric shock.” となりますが、作業をしながらマニュアルに目を通す作業者は、“touch”という単語を見て、最後まで読まずに触ってしまうかもしれません。そこで、“Make sure to turn off the power supply before…”にするか、またかなり危険なものと思われる場合は、くどいようですが“Never touch the unit before turning off the power supply. Otherwise, there is a danger of electric shock.” などと訳します。「英語が母国語ではない作業者でも、ここまで書けば事故になることはないだろう」などと考えながら訳しています。
翻訳者になると決めたら、あきらめないこと
翻訳者になる過程は山登りに似ています。頂上を目指す途中でいろいろな困難や壁にぶつかると思いますが、それでも進み続ければ必ず頂上にたどり着くはずです。ひと山越えればまた次の険しい山が見えてきますが、既に登った山は楽々と登れる体力がついているはずです。
何でもそうだと思うのですが、楽に極められるものは他の人にとっても楽なので、自分と同じレベルの人は大勢存在するはずです。人より抜きん出るためには、皆が嫌がる苦労をどれくらい受け入れられるか、乗り越えられるかにかかっていると思います。また、登っている最中に遭遇する困難や壁をこれも一つの楽しみだと思えるような図太さが必要です。
それから、自分がどうして在宅翻訳者になりたいのかもう一度問い直してみることも大切だと思います。翻訳は孤独な作業です。「何となくあこがれて」という状態では、何か困難にぶつかった時に折れてしまうかもしれません。それでも頑張って続けられる原動力が必要です。そのように考えて、それでも翻訳者になると決めたら、最後は「あきらめないこと」です。何事も、あきらめなければ必ず何とかなりますから。自分の夢に向かってあきらめずに頑張ってください。
取材協力
- 奥田良子さん
- フリーランス翻訳者。自動車関連の日英翻訳をメインに活躍中。