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字幕翻訳は、言葉を訳すのではなく、心を訳す仕事
その結果、行き着いたのが映像翻訳という仕事だったという中沢志乃さん。
映像翻訳を学んだ後は、日本語版映像制作会社での勤務を経て、現在はフリーランスで活躍中。
どんなことにもチャレンジし、目の前のチャンスを形にした、その仕事に対する思いや映像翻訳の面白さについてうかがいました。
英語を使って外国と日本の交流に関わるような仕事がしたかった
大学では国際関係と政治学を専攻しました。人権関係にも興味があり、卒業後は国と国の関係をより近づける仕事に就きたい、人が幸せになる仕事がしたいと思い日本弁護士連合会に就職することにしました。
しかし仕事をしていく中で、幼少期から大学まで親しんでいた英語をほとんど使わない環境に「これでいいのか?」と悩み、もっと英語を使って外国と日本の交流に関わるような、外国と日本の橋渡しになるような仕事がしたいと思いました。
そんなとき、映画も好きだし「そうだ、映像翻訳を学ぼう!」とひらめいたのです。
フェロー・アカデミーとの出会い
映像翻訳を学ぼうと決めてからは、本屋に行って翻訳関係の雑誌を立ち読みし、翻訳学校を探しました。
当時は今ほど多くの選択肢はなく、4校ほどしかなかったと思います。
その中からクラスや授業内容が自分にマッチしていると思った、フェロー・アカデミーを選びました。
週1回の「映像基礎」のクラスに通い始め、印象に強く残っているのは、とにかく字幕の勉強が楽しかったということ。
授業後には先生やクラスメイトと飲みに行くなど、仲が良かったのも覚えています。
半年後には1年間の中級のクラスに進んで、トータル1年半学びました。
「30歳で独立」と心の中で決めていた
映像翻訳を学ぼうと思った時点で、独立したいという意志は固めていました。
フェロー・アカデミーに通い始めてすぐに翻訳者ネットワークのアメリアにも入会していたので、毎月送られてくる情報誌を「隅から隅まで全部、映像以外の実務や出版に関する記事もすべて読むこと」を自分に課して、翻訳に関するあらゆる情報収集に励みました。
ある時「字幕・吹替版制作会社」の求人募集があることを知り、フェローからは私を含めて4人が応募して、一緒に面接することに。
映像翻訳のクラスではすごく成績がよかったわけではなかったのですが、運よく合格できたんです。入社直後に社長が、「映像翻訳家になりたいなら、30歳ぐらいで独立だな」とおっしゃっていて、私もその気になり「30歳で独立」を目標にしました。それまでに吸収できることはすべて吸収するぞ!と意気込み、仕事に取り組んでいました。
制作会社で働いた経験から多くのことを学んだ
制作会社の仕事は、翻訳者さんから納品された字幕原稿をチェックする仕事がメインで、原稿を客観的に見る目を養うことができました。
実は翻訳を勉強中の方の多くは、自分が作った字幕をなかなか客観的に見られないようなのです。
作品をすべて理解している翻訳者にはわかるけれど、その映画を初めて観る人にはわからない字幕になってしまっていても、そのことに気づかないのです。
私は他の人の字幕をたくさんチェックした経験があるので、自分が作った字幕でも、他人の目になって客観的に見直すことが比較的できるようになった気がします。
また、字幕翻訳者は「翻訳」という制作工程の一部分を担当するわけですが、制作会社にいたことで、納品後の作業のことも考慮した翻訳をするように心がけていました。
この経験があるおかげで、フリーになってからも、制作会社に勤めていたことが先方に伝わると、トライアルなしですぐに仕事をいただけることもあります。
もちろん、実力はともなっていなければなりませんが、制作会社に勤めていたなら仕事の流れはわかっているだろうという、安心感につながっているのかもしれませんね。
私が勤めていた会社では毎年のようにフリーランスの映像翻訳者として独立していく人が多かったのですが、
辞める直前には短めの映画を1本、音楽作品を2本ほど、仕事中に翻訳させてもらったりしました。
会社にも理解していただき、お給料をもらいながら学ぶことができた5年間でした。
フリーランスになってからの仕事
独立して5年ぐらいは、字幕の仕事がメインで吹替は経験がなかったのですが、
以前勤めていた制作会社から、テレビアニメの30分ものの吹替翻訳のお仕事をいただきました。
その後も何度か声をかけていただき、アニメや映画の吹替をやらせてもらいました。
吹替翻訳の経験を経歴書に書くようになると、今度は他の制作会社からも依頼が来るようになったのです。
最近はテレビ番組でも劇場公開でも吹替版を作る作品が増えているようですが、字幕翻訳者に対して吹替翻訳者の数はまだ多くありません。
吹替もできるとわかると依頼されることがぐんと増え、結果、今では仕事の半分が吹替になりました。
字幕と吹替の違い
例えば、あるコメディでは、5人の人物がほぼ同時にずっとしゃべり続けているというシーンがありました。字幕なら一度に1人分のセリフだけしか訳しませんが、吹替の場合は5人分すべて訳さなければならないので、単純計算でも字幕の5倍ということになります。
また、セリフなしの格闘シーンが延々と続くストーリーの場合、字幕ならその間は何もすることはありませんが、吹替の場合「誰が誰を殴った」というト書きとか、うめき声まで、すべて台本に起こさなければなりません。
スキルアップや字幕翻訳で大切にしていること、今後の目標
勉強のために映画を観るようにしています。
この人の字幕はスゴイなと思っている翻訳者さんの作品を選び、どんな字幕をつけているか、何度も早戻ししながらじっくり見ます。一気にスキルアップすることは難しいので、1つの作品の中から、1つでいいから何か気づきがあったらいいなという思いで学んでいます。
私が捉えている字幕翻訳は、翻訳をしているというよりも、登場人物の心を訳しているという感覚です。
そのため、セリフからだけではなく、画面を通して伝わってくる表情なども大切な情報です。
また、字幕は吹替と違って字数制限があり、実際のセリフの3割程度しか入らないといわれています。
でも、それは元のセリフから7割を削って3割だけ残すということではなく、何か違う言葉を使ってセリフの内容全部を短く表現して3割の長さにすることだと思うのです。
ただ、それが理想ではあるのですが、なかなか思うようにはいきません。
そこが字幕翻訳者のテクニックであり、どれだけ言葉や表現を知っているか、場面に応じて工夫をできるかが重要だと思います。
まだまだたくさん学ぶことは多いですが、多くの劇場版字幕に携われる翻訳者になりたいと思っています。
取材協力
- 中沢志乃さん
- 字幕・吹替翻訳家。劇場映画『アニー・リーボヴィッツ』『ジェニファーズ・ボディ』DVD『グレッグのダメ日記』『アナザー・プラネット』『マドモアゼル』『すべてはその朝始まった』『恋のスラムダンク』(字幕)『マイレージ・マイライフ』(吹替)、TVドラマシリーズ『コバート・アフェア』『スペクタキュラー・スパイダーマン(アニメ)』(吹替)など。そのほか、ローカライズ版ゲームの翻訳なども手がける。フェロー・アカデミー修了生。