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実務翻訳を知る、学ぶ、そして活躍する!
翻訳を仕事にする、はじめの一歩
翻訳者として、そして翻訳コーディネーターとして、それぞれの立場から「翻訳」という仕事について、また翻訳に限らずビジネスで英語を使う人に役立つ、英語力の磨き方をおふたりにうかがいました。
翻訳コーディネーターが考える理想の翻訳者
翻訳者が考える翻訳に必要なスキル
―― 翻訳会社に就職し、翻訳コーディネーター職に就かれたんですよね。
御囲さん:
はい。もともと映画やドラマを見るのが好きで映像翻訳に憧れを持っていたのですが、就職活動では進みたい道が見つからず、大学卒業後にカレッジコースに1年間通いました。実務・映像・出版の翻訳のあらゆる分野を学べるコースで、集中的に翻訳を勉強しましたね。コース修了後は、まずは社会人経験として翻訳会社に入って社会人経験を積みながら翻訳業界についてもっと知りたいと思い、カレッジコースの就職サポート制度を利用して翻訳会社にコーディネーターとして入社しました。
翻訳コーディネーターは、営業担当を通してお客様からの翻訳依頼を受けると、書類の内容を精査し、翻訳者を選んで翻訳依頼をします。原稿が上がってくると、次にチェッカーにチェックを依頼したり、必要に応じてDTPオペレーターにまわして読みやすいようにレイアウトしたりして、お客様の希望のスタイルに仕上げ、納品します。
―― 翻訳会社が受注する翻訳案件には、具体的にどのような文書があるのですか?
御囲さん:
私が現在属している医薬翻訳チームの場合、お客様は製薬会社、医療機器メーカー、官庁などです。多いのは新薬申請関係の書類ですね。医療機器のマニュアルなどもあります。 医薬の知識はまったくなかったので、医薬翻訳の本や、医薬用語のサイトで先輩コーディネーターや社内校閲者の方々もわりと信頼して使っているサイトがあって、それをよく参照しています。
入社して最初の4年間は、さまざまなビジネス文書の翻訳コーディネートを担当していました。例えば、国際協力関係機関の研修資料の翻訳では、インドネシア語、ベトナム語、ポルトガル語など日本語から多言語に翻訳する案件を担当しました。クメール語やラオ語などを受け持ったこともあります。研修テーマは、環境問題、工業技術などさまざまでした。
金融系のクライアントを担当していたときは、財務のアニュアルレポートや四半期レポート、財務諸表などを定期的に受注していました。契約書や社内規定の翻訳依頼もありました。
―― 翻訳コーディネーターから見て、どういう翻訳者が理想的ですか?
御囲さん:
高い品質の翻訳を納めてくれる翻訳者さんは、常に勉強していますね。調べ物は綿密ですし、どんなに納期が厳しい案件でも断らずに引き受けてくださる方だと、とても助かります。
―― 翻訳者である森本さんにも伺いたいのですが、翻訳会社に求められる翻訳者になるにはどのようなスキルが必要だと思いますか?
森本さん:
仕事ではたいていの場合、手元に届くのは原文だけ。ときには、会社名が伏せられている場合もあります。その文書のバックグラウンド、つまりどんな業種の会社が何のために使う文書なのか、といった情報がなく、原文を読んで想像するしかないことがけっこう多いんです。それでもある程度知識があれば、この書き方はこういう内容の契約書だろう、などと推測することができます。
実務翻訳の仕事には必ずお客様がいます。最終的に、翻訳された文書を使って何かを成し遂げようとしているから、対価を支払って翻訳を依頼しているわけです。翻訳者はそのために翻訳をするわけですから、お客様がどういう翻訳を望んでいるかを察して、その目的に合うように仕上げなければなりません。それが感覚的にわかるかどうかが重要です。
―― 実務翻訳では、原文が間違えていることもあるそうですね。そんなとき翻訳者はどうすればいいんですか?
森本さん:
あらかじめ「間違いは指摘してほしい」と言われている場合はすべて指摘します。でも、そう言われるケースはほとんどありません。クライアントは原文の間違いが知りたいのではなく、原文に何が書かれているかを知りたいんです。原文の間違いが多い場合に、翻訳者が「ここは間違い」「ここも間違い」と指摘したら、翻訳会社もクライアントも困るでしょう。専門知識を駆使し、文脈を読み解き、ここはこういうことが言いたいんだろうと判断して訳し、どうしてもおかしいところはコメントを付ける、というふうに私はしています。
―― 翻訳コーディネーターとしては、どのようにしてほしいものなんですか?
御囲さん:
そうですね。コメントだらけは困ります。ある程度、ご自身の知識や経験で判断して訳していただけるとありがたいです。そういう翻訳者さんには、ついつい頼りたくなりますね。
背景情報をコーディネーターが翻訳者に伝えることが大切だと思いますし、なるべくそうするようにしていますが、クライアントから情報が来ないことも多いんです。クライアントが翻訳を依頼するのに慣れていなかったり、翻訳するのには原文があれば十分で背景情報など必要ないと思っていることもあるのだと思います。
―― 翻訳者の心得としては?
森本さん:
翻訳に限らず、仕事というものは、それを依頼する上司やクライアントがいて、依頼されたほうは、依頼した側が何を望んでいるかを考え、必要であれば確認し、その意に沿うように仕事を進める。それが基本だと思います。翻訳者もビジネスパーソンとして、そのように相手の思いをくみ取る力が必要だと思います。
ビジネス英語のブラッシュアップは、
辞書や文法書をとにかくこまめにチェックすること
―― 翻訳に限らず、仕事で英語を使う機会のある人は多いと思います。翻訳に携わっている森本先生、御囲さんはどのようにして英語力を磨いてきたか、教えていただけますか?
森本さん:
実は私は帰国子女で、中学をアメリカで過ごしました。高校、大学は日本で、大学の専攻は法学部だったので、帰国後、英語の勉強は受験くらいでした。
自分の英語力に不安を覚えたのは、転職して外資系の会社に入ったときでした。外国人スタッフと会話はできるのですが、なにせ中学英語で止まっていますから、ビジネスで通用する英語ではないんです。仕事をしながら多少は鍛えられましたが、その後、仕事を辞めて翻訳者を目指すようになってから、改めて英語力を磨かなければと痛切に感じ、意識を向けるようになりました。
とはいえ、特別なことをしたわけではないんですよ。英語を読んでいて、少しでも自信がないなと思ったら、きちんとチェックするように心がけました。
―― 具体的には、どのようなことをしたのですか?
森本さん:
例えば、うまく訳せない英単語が出てきたとき、まず英和辞書で調べると思いますが、それでもぴったりの訳語が見つからなかったら、インターネット検索をして、どういう英文の中でその単語が使われているか確認するんです。検索結果に表示された英文をたくさん読むと、何となく「ああ、この単語はこういうニュアンスで使われるんだな」ということがイメージできるようになっていって、そこで「それを日本語で表現するにはどうすればいいだろう」と考えるんです。
それから、文法書もよく読むようになりました。よく使うのは『英文法解説』です。『ロイヤル英文法』を併せて読むこともあります。これらの文法書は索引が細かいので、何か文法で不明点が出てきたら文法項目や単語の索引から関係のありそうなページを探して読んで、用法を調べます。関係詞、分詞、不定詞、動名詞、前置詞などの項目は特によく確認しますね。
翻訳をする方に限らず、仕事で英語を使う方は、基本的な英文法はわかっているけれど、仕事で出てきた英文の解釈がどうもしっくりこない、ということがあるのではないでしょうか。受講生を見ていると、自分は英語がわかっていると思っている人ほど、感覚的に訳してしまって、正確さを欠いていることがある気がします。文法書や辞書、インターネット検索で自分の知識の再確認をすることで、英語力は一段階引き上げられると思いますので、ぜひ試してみてください。
―― 御囲さんは、どのようにして英語を勉強しましたか?
御囲さん:
私は大学ではイタリア語を専攻していたので、英語は第二外国語で、あまり深くは勉強しませんでした。英語を人生で一番勉強したのはフェローのカレッジコースに通っていたときで、とにかく英語漬けの1年間でした。どの授業も毎回たくさんの課題が出るので、自然と大量の英文に接することになり、それが効果的だったと思います。
授業では、なぜこの単語をこう訳したのか、細かいところまで聞かれるので、知っている単語も辞書で引いて深く調べておかなければなりません。私は複数の辞書が入っていて串刺し検索できる電子辞書を使っていました。1つの単語でも、英和辞書によって書いてあることが微妙に違うこともあります。そんなときは英英辞書を引いたり、文法書に当たったりと、時間をかけて調べました。文法書は私も森本先生と同じ『英文法解説』を使っていました。
森本さん:
英英辞書を引くのはいいですね。単語の訳語ではなく、ニュアンスをつかむことができます。単語のニュアンスがわからないと、正確に日本語にすることはできません。
英訳をするときは、英英辞書を引くのは必須ですね。例えば「与える」というときに「give」を使うか「provide」にするか、他にもいろいろあるともいますが、どれを選ぶべきか決定するときに、英英辞書に書かれている言葉のニュアンスが役に立つと思います。
自分の英語力を過信せず、
謙虚に英文に向き合う姿勢が大事
―― 英語力の磨き方を教えていただきましたが、翻訳者を目指す場合は、英語力以外にも大事なことがあるでしょうか?
森本さん:
「謙虚になること」ですね。英語力はもちろん大事ですが、それがそのまま翻訳者の価値として評価されるわけではありません。クライアントは翻訳者の英語力に対価を払うのではなく、出来上がった訳文に対して対価を払うのです。英語力がどんなに高くても、訳文がクライアントの求めるものに仕上がっていなければ、何の価値もないということです。
翻訳者になりたいと思う方は、大抵は英語力にある程度の自信がある方だと思いますが、まずは自分の英語力を疑ってかかるくらいの「謙虚さ」が必要だと思います。
御囲さん:
英語力のある翻訳者さんで、原文に書かれている内容を100%理解できていたとしても、アウトプットされた訳文が変な日本語だったり、こちらが求めているスタイルに合っていなかったりすれば、それは仕事としては成り立ちません。正しい翻訳としてアウトプットするためには、それがどういう文書であるかの知識が不可欠です。例えば、英文の契約書を日本語に訳す場合、日本語で書かれた契約書、英語で書かれた契約書をたくさん読むなど、その分野の文章を研究する必要があると思います。
森本さん:
実務翻訳者はたいてい、経済・金融、IT、医薬、契約書など、専門をもって仕事をしています。もし、英語力だけで翻訳ができるのだとしたら、こんなに細分化する必要はないはずです。英語力だけではダメで、専門知識というプラスアルファが必要だから、これだけ分野が分かれているのだと思います。
児童書の翻訳を思い浮かべてみるとわかりやすいかもしれません。子ども向けに書かれた英文は、内容を解釈するのは難しくないはずです。でも、それを日本語にして子どもたちに伝えるとなると、英文解釈力以外に児童書翻訳の技術や感性が必要です。
どの分野も同じこと。書いてあることを理解するためにはもちろん英語力が必要ですが、それを日本語として正しく訳すことは英語力だけでは絶対にできません。「英語が得意」ということにおごらず、謙虚になって英文と向かい合うことが大事だと思います。
―― 専門分野の翻訳では、インターネットでの調べ物も重要だと思います。上手にインターネット検索をするポイントはありますか?
森本さん:
調べ物は慣れだと思います。いろいろ調べているうちに知識が増えると調べる頻度が減ってくるので、調べ物は徐々に楽になっていきます。また、どういうサイトが信頼できるかが経験値でわかってくるので、結果にたどり着くスピードも速くなります。慣れてくると、検索結果の中で「ここに答えがあるよ!」とばかりに光って見えるサイトがあるんですよ。 まあ、実際に光るわけではありませんが(笑)。 「きっとこのサイトに知りたいことが書かれている」と当たりを付けられるようになるんです。初心者のうちはそういう感覚はないと思うので、政府や行政のページ、法務なら弁護士事務所のページなど信頼できるサイトを活用すればいいと思います。
誰かが質問して、知っている人が答える知恵袋みたいなサイトが英語圏にもあるので、そういうものを参考にすることもあります。鵜呑みにはできませんが、多くの人が回答しているのを読むと、ヒントになることがあります。
―― 森本さんはフェロー・アカデミーの講師として多くの受講生を見てきたと思いますが、伸びる方というのは、どういう特徴がありますか?
森本さん:
原文を正しく理解できる英語力、分野に合った表現ができる日本語力、そして専門分野の知識、この3つのバランスが取れている方ですね。専門知識はやる気があればどんどん勉強できると思うので、まずは英語力と日本語力を磨いてほしいと思います。
御囲さん:
日本語力はどうすれば磨くことができますか?
森本さん:
その質問はよく聞かれます。英語力も同じだと思いますが、読むことが重要だと思います。例えば、契約書にしても医薬にしても、全文をちゃんと読むこと。流し読みではなく、表現の一つ一つを意識して読むことが大事です。契約書の講座を受けに来ているのに、契約書を読んだことがないという人がけっこういるんですよ。契約書は身の回りにいっぱいあります。まずは読むこと。読めば読むほど、特殊な表現にも慣れていきますから。
新聞や小説を読むのもおすすめです。ネット情報でもいいですが、細切れのものではなく、ある程度分量のあるものを読んで理解する、疑問を感じたら調べる。そういう読み方をするうちに、正しい日本語表現や分野特有の表現が身についていくと思います。
―― フリーランスで翻訳の仕事をしていくのは簡単なことではないと思いますが、最近は翻訳の仕事を副業から始める人も多いようですね。
御囲さん:
登録翻訳者の方の中にも、平日は会社勤めをしているので土日だけ稼働できます、という方はけっこういらっしゃいます。もちろん、フルで稼働できる方のほうが助かりますが、土日で仕上げなければならない案件もありますので、そういう案件をお願いしています。
森本さん:
フェローの受講生にも、退職後に翻訳者になることを視野に入れて、40代〜60代で講座に通われている方もけっこういらっしゃいます。定年前の数年間、残業もあまりなくなってきた、という期間があれば、その頃から助走期間として翻訳の勉強を始めて、副業として仕事をスタートさせ、退職したら翻訳を本業にするというのはいいと思います。
御囲さん:
強いていえば、メールで連絡をいれたときに返事があまりにも遅い方は、頼みづらいです。平日昼間は会社だとしても、携帯でメールを確認して簡単な返事を返してくれるなど対応していただける方であれば問題ありません。実力があれば、副業であることも、年齢も関係ない。さまざまな働き方があるのも、翻訳という仕事の魅力のひとつですね。
取材協力
森本千秋さん
実務翻訳者。商社勤務後、外資系通信機器メーカーにて国際取引や法務に関わる。現在はフリーで企業の契約業務関連を中心にビジネス全般の翻訳を手がける。
御囲ちあきさん
翻訳コーディネーター。大学卒業後、フェロー・アカデミーの総合翻訳科「カレッジコース」で翻訳を学ぶ。修了後、株式会社メディア総合研究所に入社。現在は、医薬翻訳グループのリーダーとして翻訳コーディネーター業務に携わる。