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翻訳は定年のない仕事
コンスタントに仕事をしていたい

フェロー・アカデミーの通信講座「はじめての出版翻訳」のテキスト執筆者であり、通学講座でもゼミを受け持つ川副智子さん。
学生結婚をして以来、ずっと専業主婦だったそうです。
30歳をちょっと過ぎた頃、下の子が幼稚園に入ったときに一念発起し翻訳家を目指すことに。
川副智子さんに翻訳家になるまでのエピソードを聞きました。

専業主婦の焦り
30歳を過ぎて翻訳家を目指す

私が学生だった頃、ちょうど就職難の時代だったこともあって、「永久就職もありかな」と、4年生で学生結婚をしました。以来ずっと専業主婦だったので、組織のなかで働いた経験がないんです。その後、年子が生まれ、子育てに追われて、なんの目標も定めないまま専業主婦の時間が過ぎていきました。でも、30歳をちょっと過ぎた頃、下の子が幼稚園に入ったときに、はたと「このままでいいのか」「社会から取り残される」という焦りを感じたんです。文芸翻訳の勉強を始めたきっかけを問われれば、よくある「主婦の焦り」、ただそれだけでした。

 

「文芸翻訳の勉強をしよう」と決心してからいろいろと資料を集め、まずは通信講座で翻訳の勉強を始めました。通信講座は私にとって、まさにリハビリでしたね。それまで、もう何年も辞書すら開いていない状態でしたから。自分でも「こんなに英語を忘れていたのかしら」と思いました。このときは「一生勉強として続ければいい」くらいの気持ちで、「すぐに仕事に」という意識は、全くありませんでした。

 

「翻訳家になれるわけがない」と思いながらフェロー・アカデミーの通信講座を1年半くらい受講しました。そのうちに子どもが大きくなってきたこともあって、「通学講座でもっとちゃんと勉強したい」と思うようになったのです。

 

ただ、子持ちの主婦にはごく限られた時間帯しか通学できないので、とりあえず時間が合った映像翻訳の講座に通学することに。映像翻訳もすごくおもしろくて、少し仕事もさせていただきましたが、「やっぱり本を訳したい」と、並行して文芸翻訳家の田口俊樹先生のゼミも受講。その後、映像翻訳のほうは少しずつフェイドアウトして、「田口特別ゼミ」で一から文芸翻訳の勉強をし直しました。

 

「田口特別ゼミ」に通い始めた頃、知人の紹介でトライアルを受けたことがきっかけで、ロマンス小説の翻訳を始めました。ロマンス小説の翻訳もおもしろく、いろいろと勉強させてもらいましたが、ほかのジャンルの翻訳もしてみたい、という欲もありました。ロマンス小説以外の”第二のデビュー”は、田口先生に紹介していただいた『ミステリマガジン』(早川書房)の短編小説です。

 

田口先生とは今でもお付き合いをさせていただいていますが、翻訳には厳しかったですね。「もう無理だ、辞めようかな」と思ったことも、何度もありました。その中で一番大きかった出来事は、先生からいただいたはじめての下訳を、「まだまだだね」とあっさり言われたことです。すでにロマンス小説の仕事もしていましたし、授業では褒められたりもしていたので、多少天狗になっていた鼻を見事にへしおられましたが、その悔しさから、「プロの文芸翻訳家として認められたい」と、はじめて強く仕事を意識するようになりました。この”ガツン”で、翻訳に対する意識が変わったな、と自覚しています。

年に3冊くらいのペースで翻訳出版
コンスタントに仕事をしていたい

当時、田口先生のゼミ出身者はミステリーの王道を行く人が多くて、私もそうなる予定だったのですが、編集者とのめぐり合いで、ノベライゼーション、医学、家族、SFと、いろいろなタイプの小説を手がけています。いいのか悪いのかわかりませんが、私にはこれだけはという得意分野がないんですよ。でも、それほどミステリーに詳しいわけではなかったので、むしろ今は「それでよかったな」と思っています。翻訳は定年のない仕事ですし、スタートが遅かったので、コンスタントに仕事をしていたいと思っています。

 

子どもたちが成長してからは年に3冊くらいのペースで、主婦よりも文芸翻訳家として仕事を続けています。下の子が大学に入ったときに、家族に「朝起きない宣言」をして、今では完全に夜型の生活です。「今日は何曜日?」と、曜日の感覚もあまりない状態です。

 

1日8時間、コンスタントに仕事をするのが理想ですが、最近は体力が落ちてきて、大きな声では言えませんが、まったく本を開かずに終わる日もあります。でも、平均して一日最低5時間は仕事をしないと、プロとしてやっていくのは難しいと思います。翻訳って、2行くらい考えている間に1時間たっちゃうことも、ざらなんです。

 

私がテキストを執筆したフェロー・アカデミーの通信講座「はじめての出版翻訳」の一番の目的は、児童文芸、ミステリー、ノンフィクション、SF、純文学の5つのジャンルを訳して、受講後の翻訳の学習の方向性を見つけてもらうことにあります。ノンフィクション以外の教材は実際に翻訳出版されているので、プロの翻訳家が手がけたものを自分でも訳してみることになるわけです。翻訳の入り口でそういう体験をするのも大切なのではないでしょうか。ですから、「はじめての~」といいつつ、内容的にはハードで、やり終えたときは、かなりの満足感が得られると思います。

 

また、自分もそうだったように、通信講座を受講する人は、通学が難しい人が多いと思います。ですから、短期集中型で学べるように工夫をしました。はじめて翻訳を学ぶ人はもちろん、すでに翻訳の勉強をしている人も利用できる講座かもしれません。ただ、かつての私のように、何年ぶりかに英語の辞書を開くというリハビリ目的の人は、ある程度英語のウォーミングアップをしてから取り組まれることをおすすめします。そうでないと、原文を読むだけで大変だと思います。

 

文芸翻訳家に向いている人は、一言でいうと、文をひねりながら苦しむのが好きな人でしょうか。そして、勉強する上で大切なのは、あまり焦らないことです。文芸翻訳は1年、2年で結果が出るものではありません。最低3年くらいは、仕事になるかどうかを考えるよりも、とにかく専念すること。ただし、どこかの時点で、自分に資質があるかどうか、見極める必要はありますね。最近はその見極めを急ぎすぎる傾向があるので、少し悠長な人のほうがいいかもしれませんね。

取材協力

川副智子さん

 

文芸翻訳家。『Small Great Things』『ビール・ストリートの恋人たち』『ジェーン・スティールの告白』『晩夏の墜落』『ダッハウの仕立て師』(早川書房)、『シージャー発作』(扶桑社)、『紙の世界史』(徳間書店)、『西太后秘録』(講談社)、『サーカス象に水を』(武田ランダムハウスジャパン)など訳書多数。

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