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歌詞の解釈は一つじゃない
聴いた人が思いを広げられるように翻訳したい

これまでに700枚以上のアルバムの歌詞対訳を手がけてきた、訳詞家の金子みちるさん。
小学生のころから筋金入りの洋楽好きで、ハード・ロックやヘヴィ・メタルをこよなく愛し、コンサートにも足しげく通っていたそうです。
どんなふうに日本語の歌詞をつむいでいくのか、その仕事ぶりをお話しいただきました。

歌詞対訳をベースに、インタビューや通訳も

洋楽好きな方はご存じかと思いますが、海外アーティストのCDアルバムには輸入盤と国内盤があり、国内盤には歌詞の日本語訳が付いていたりします。歌詞対訳と呼ばれるのですが、これをつくるのが私の仕事、訳詞です。

 

同じく訳詞と呼ばれる仕事にはもう一つあります。洋楽を日本語歌詞で歌うカバー曲や、日本語吹替版の映画などで歌われる曲のために歌詞を書く仕事も訳詞です。ただ、歌詞対訳とはやり方がまったく違います。カバー曲のための訳詞は、日本語をリズムに乗せることが最優先ですから、英語の歌詞の意味を理解したうえで、その雰囲気を伝える歌詞を日本語でいちから作詞します。翻訳というよりも作詞なので、作詞家の方が誰かに英語の歌詞を訳してもらって、それを元に作詞する場合もありますね。

 

私がしている歌詞対訳は、作詞ではなく翻訳です。洋楽を英語のまま楽しむ人に、この歌詞は何を歌っているのかを伝えるための対訳をつくっています。歌詞対訳の仕事は基本的にアルバム単位で、レコード会社から依頼があります。音源と英語の歌詞を渡されて、これを元に日本語の訳詞をつくっていきます。

 

また、私の場合は訳詞以外に、ミュージシャンのインタビューや通訳、音楽雑誌の記事翻訳など、いずれもCDの歌詞対訳の仕事が起点となって依頼されるようになりました。

新曲の発売が決まると、レコード会社はプロモーションをしないといけないので、音楽雑誌社に、そのミュージシャンのインタビュー記事の企画などを持ち込みます。雑誌社からOKが出ると、実際にミュージシャンにインタビューをすることになります。来日の予定があれば対面でのインタビューのアポを取りますが、特に予定がない場合は電話でインタビューをします。

 

対面でのインタビューの場合は、雑誌の編集者あるいはライターがインタビュアーで、私は通訳を依頼されることが多いですね。電話インタビューの場合は、私が通訳兼インタビュアーになります。時差の関係で夜中に行うことも多いので、自宅から約束の時間に国際電話をかけて、あらかじめ編集者が用意した質問事項に沿って英語で質問していきます。ときには予想外の回答があって、次の質問を変更せざるを得ないようなこともありますが、そこは臨機応変に対応します。やりとりをテープに録っておいて、英語を聞きながら日本語で内容を書き起こして雑誌社に納品。編集者が誌面に合わせて編集して掲載となります。

 

このようにして知り合った雑誌の編集者から、レコード会社が絡まない案件でも、例えばライブで来日したミュージシャンに通訳で同行してほしい、海外の音楽記事を翻訳してほしいといった依頼を受けるようになり、仕事が広がっていきました。

インテリア・デザイナーから訳詞家に転身

私が洋楽を聴き始めたのは小学校高学年の頃です。最初はポップ音楽や、ロックでもせいぜいビートルズやローリング・ストーンズでしたが、徐々にマニアックなジャンルに目覚めていって、中学生の頃はレッド・ツェッペリンなどハード・ロックやヘヴィ・メタルへと移っていきました。高校生の頃は、海外ミュージシャンのコンサートによく行っていましたね。

 

私が生まれて初めて使って通じた英語は“May I have your autograph?”なんですよ。コンサートのあと、楽屋から出てくるミュージシャンを出待ちして、「サインください!」ってね。サインだから英語でもsignでいいのかなと思っていたのですが、それでは通じなくて……。調べてみたらautographと言うのだとわかって、さっそく使ってみたんです。通じたときは、うれしかったですね。こんなふうに、私にとって英語は憧れのミュージシャンとコミュニケーションを取るためのツール。ひと言でもいいから言葉を交わしたい、サインが欲しい、一緒に写真を撮りたい、その一心で英語を覚えました。

 

英語は好きでしたが、絵を描いたり、デザインをしたりということにも興味があって、美術系の高校に進学しました。そのまま大学も美術系に進んでインテリア・デザインを専攻し卒業後はオフィスデザインを手掛ける会社に就職しました。

 

インテリア・デザインの仕事には、最初は契約社員として、途中からはフリーランスとして15年以上携わりましたが、バブルがはじけると仕事が減ってしまって。何とかしなければと思い、「何かアルバイトない?」と聞いてまわっていたところ、「ちょっと手伝ってくれない?」と声をかけてくれたのが訳詞の仕事をしている友人だったんです。音楽の趣味が同じで知り合った友人でしたが、彼女はバイリンガルで早くから音楽業界で通訳や翻訳の仕事をしていました。

 

最初は「翻訳なんて私にできるわけない」と断ったのですが、「とりあえずやってみて。無理ならやめればいいじゃない」と言われて、やってみることにしました。依頼された仕事は2つ。歌詞の対訳と、彼女が英語でインタビューした内容を日本語に書き起こす仕事でした。何とか仕上げて見てもらうと、「アシスタントとしては十分。やりながら覚えていけば大丈夫」ということで、それから彼女のアシスタントをするようになりました。

 

1年くらいアシスタントをしたところで、「もう大丈夫。担当者を紹介するから、自分ひとりで仕事をして」と言われ、レコード会社の方と雑誌社の方を何人か紹介してもらって、独り立ちして仕事をすることになりました。当初は、あくまでも本業はインテリア・デザイナーで訳詞は副業だったのですが、デザインの仕事が減る一方で訳詞の仕事はどんどん増えていって、最終的には今の仕事一本になりました。

歌詞の解釈は一つじゃない、訳詞はその一例

思いがけなく大好きな洋楽に関わる仕事をするようになったわけですが、まったく自信のないところからのスタートで、何度やめようと思ったかわかりません。私はバイリンガルではないので、特に通訳やテープ起こしの仕事には苦労しました。英語がすごく訛っていたり、スラングや禁句を連呼していたり、ミュージシャンは癖のある人が多いから話している内容が支離滅裂だったり……。今はもう慣れましたが、最初のうちは「私の語学力がないからわからないんだ」と落ち込んで、そのたびに仕事をやめたくなっていました。でも、その思いが吹っ切れる出来事があったんです。

 

自分ひとりで仕事を受けるようになって間もないころ、イギリスのロックバンドのメンバー5人の楽屋トークを聞き取って、日本語に書き起こすという仕事の依頼がありました。イギリスといっても北部の訛りがきつくて、ほとんど聞き取れず、困り果てて当時習っていた英語学校のカナダ人の先生に泣きついたんです。そしたら先生が「ごめんなさい。訛っているし、友人同士の内輪ネタだし、こんなの無理。わかるわけないわ」と言われて、逆にホッとしました。ただ、仕事としてやらなければならないので、とにかくバンドに関する情報を集め、聞き取れる単語や声の調子から推察して、なんとか切り抜けました。

 

一方で歌詞対訳は、英語の歌詞があるので聞き取りの必要がないという点で楽なのですが、似たような苦労はあります。どうしても意味がわからなくて、ネイティブの友人に聞いたところ「多分こういう意味だと思うが、正確にはわからない」と言われることがけっこうあるんです。文章の達人ばかりが歌詞を書くわけではありません。人によっては文法を間違えていることもありますし、韻を踏むために、あるいはリズムに乗せるために、文法を無視して言葉を選んでいたりすることもあります。あるいは、そのときの思いつきやノリで言葉をつなげただけというようなことも。創作の世界ですから、歌詞の解釈は数学のように答えが一つということではない。だから私がパーフェクトに訳せるわけがないんです。

 

ミュージシャンの方へのインタビューで、歌詞は「聴く人に自由に解釈してほしい」という思いを持っている人が多いことを知るにつれ、日本語の訳詞のほうにももう少し曖昧な部分を残して、読んだ人がそれぞれの感性で受け止めて思いを広げられる余韻を残すやり方ができないかなと思うようになったんです。それが私の今のスタイルで、「私がつくっているのは、一つの解釈の例」だと思っています。「英語はわからないけど、この曲いいな」と思っている人が、対訳を読むことで「ああ、こんなことを歌っているんだな」とわかる。そんなガイドになればいいんじゃないかと。

正確さよりも大切なのは、自分の言葉で表現すること

友達の死をテーマにした歌詞を訳したときのことです。ミュージシャンは男性で、歌詞の中で「彼が死んでしまった。天国でいつか会えるよ。彼を腕に抱きしめて〜」と言っていました。最初は親友が死んだのかなと思いましたが、いかに親友といえども男同士で腕に抱きしめたりするかな、と悩んでしまって……。じゃあ、彼は息子のこと? いや、はっきり友達と書いてある。もしかしたら“彼”って恋人? このミュージシャンはゲイをカミングアウトしている?! と悩みに悩み、一応訳し上げて納品しようと思ったところ、ふと付属の小冊子を見ていたら、そこに小さく犬の写真があったんです。そうか、“彼”とは愛犬のことだったんだ! 犬だと思って読み返してみると、すべて辻褄が合います。

 

歌詞にdogという言葉は出てきませんが、私は日本語の歌詞には敢えて“犬”という言葉を入れました。「聞き手が自由に解釈できるように曖昧にしておく」という基本のスタイルとは矛盾しますが、でもこの場合は犬だとわかるようにしないと、きっと読み手が悩んでしまう。私と同じように、間違った想像をしてしまうかもしれない。それはいけないと、そう判断しました。翻訳にゴールデンルールはありません。どのように読み手に届ければよいのか、翻訳者が一つひとつ考えなければならないのだと思います。

訳詞家への道

訳詞家になるには、残念ながら、これといったルートはありません。強いて言えば、なんでもいいから業界に飛び込んで知り合いを作ることかもしれません。レコード会社のアルバイトでも、雑誌社の雑用でもなんでもいいんです。その一方で、チャンスが巡ってきたときに自分をアピールできるように、準備をしておくことです。

 

訳詞では、正しいか正しくないかよりも、自分なりの解釈ができるか、自分の言葉で訳せているか、ということが大事です。だから、まずは自分が好きな曲、思い入れのある曲を選んで、自分なりに訳してみること。先生がいれば評価してもらえますが、いないとすれば、最近はインターネット上に個人がアップしている訳詞を参考にすることもできます。誤訳の場合もありますが、プロ顔負けに上手な人もいますので、たくさんの人の訳と比べてみるのがいいんじゃないかと思います。

 

それから、対訳は意外と見た目が重要です。歌を聴きながら英語の歌詞をたどり、その隣にある日本語の対訳で意味を理解していくので、元の歌詞と対訳は行数が揃っていなければなりません。英語と日本語の違いから、語順は多少前後しますが、パラグラフごとのかたまりで呼応していなければならないのです。直訳すると日本語のほうが長くなってしまうので、くどくならないように言葉を引き算して、それでも意味が通じるように仕上げるという心がけが大切です。

 

私は思いがけず30代も後半になってから仕事として翻訳をするようになりましたが、それまでに体験したあらゆることが今の仕事のベースになっていると思っています。洋楽が好きでひたすら聴いていたこと、ロンドンまで出かけていってコンサート三昧をしたこと、30才を過ぎてからバンド活動をしてギターやベースを弾いていたこと。

 

それからもう一つ、子どもの頃から本が好きで、海外のお話をたくさん読んでいたことも、とても役立っていると思います。英語の歌詞を見ていると、頭の中にそれに対応する日本語がふっと浮かんでくることがあるんです。それって、小さい頃から本に慣れ親しんで、日本語に慣れ親しんでいたからなのではないかと思います。大人になってからは仕事に追われてなかなか本を読む時間がありません。もっと本を読む時間を増やしたいと、私自身も思っています。

悩むことの多い仕事ですが、CDには訳詞家の名前が出ますので、自分の翻訳作品だという達成感があります。もちろん、それだけに責任も大きいのですが、何よりも好きな洋楽にずっと関わっていられるので、楽しい仕事ですよ。

取材協力

金子みちるさん

 

女子美術大学産業デザイン科卒業。インテリア・デザインの仕事を経たのちに、歌詞対訳を中心に音楽関係の翻訳・通訳にたずさわる。これまでに歌詞対訳を手掛けたのは、マイケル・シェンカー・グループ、ブラックモアズ・ナイト、TNTのアルバムなどロック、メタルを中心に700枚超。その他、ミュージシャン来日時のインタビュー・通訳、音楽雑誌『BURRN!』『ユーロ・ロック・エクスプレス』などの記事翻訳、書籍の翻訳など、音楽業界を中心に幅広く活躍している。主な訳書に『エイジア ヒート・オブ・ザ・モーメント』(マーキーインコーポレイティド)、『アルディメオラギタープレイ理論』(シンコーミュージック)などがある。

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