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苦手だった英語を克服し
会社員からフリーランス特許翻訳者に転身

フリーランスの特許翻訳者、馬場経子さんのインタビューをお届けします。
英語が苦手だった学生時代、出産と育児も経験した20年の会社員時代を経て特許翻訳者になった経緯など、うかがいました。

最も苦手な教科が英語だった学生時代
英語コンプレックスだった社会人時代

学生時代の友人に会って「今、翻訳の仕事をしている」というと、みんな一様に驚きます。私は特に中学の頃は、英語が苦手だったんです。高校になったら理科が面白くなって、大学は理系に進んで化学を勉強しようと決めたのですが、受験する大学を選ぶとき、二次試験で英語がないところを探したほどです(笑)。ただ、大学に入ると、英語で書かれた論文を読む授業も多く、苦手だからといって避けてばかりはいられませんでした。

 

卒業後は計測器メーカーに就職し、分析計につなぐ化学センサー部分の開発をしていましたが、ここでも英語の文献をたくさん読む必要があったので、常に英語には触れていました。ずっと苦手意識を持っていて、英語コンプレックスでしたが。

 

結婚して子供ができ、育児休暇に入ったのですが、仕事から離れて改めて考えてみると、このまま会社員を続けるにしても、あるいは転職するにしても、英語ができないと困るなと思ったんです。このとき初めて英語を勉強する意欲がわきました。

 

まだ翻訳というのは頭にはなく、英会話や英文法を通信講座などでやり直したり、英検やTOEICを受けたりしました。それから3年くらいは必死で勉強しましたね。自分の意志で決めたからかモチベーションは高く、また、きちんと勉強を始めると、あれだけ嫌いだったのが嘘のようにどんどん面白くなっていきました。産休が終わって仕事に復帰してからは子育てと仕事と英語の勉強の3つをこなさなければならず、本当に忙しかったことを覚えています。

 

会社勤めも10年以上経ち、いろいろな役割を任されるようにもなってきました。ある業界団体の仕事をしていたときに、国際会議の準備委員の仕事をする機会があったのですが、そのなかで翻訳会社に依頼して日本語の資料を英訳してもらうことがあったのです。その翻訳ができ上がってきて、読んでみてびっくり。かなりひどい英文だったのです。まったく中身がわかっていない人が文字面だけを追って翻訳したというのが見え見えでした。これなら私がやったほうがマシ、そう思ったんです。

 

そんなきっかけで、翻訳という仕事があるんだと意識するようになりました。それからしばらくして、世の中が不景気になり会社が希望退職者を募るという時期がありました。私はちょうど40歳で、人生も半分が過ぎ、残り半分は違う道を歩くのもいいかなと思い、希望退職に手を挙げることにしたんです。退職金も上乗せされるということでしたし(笑)。それで、その退職金を使って、まずは翻訳を勉強しようと思い、1年間、フェロー・アカデミーのカレッジコースに通うことにしました。

特許翻訳は日英・英日、両方の需要アリ

カレッジコースでは、実務・出版・映像と一通りの翻訳を学びましたが、それまでメーカーで電気化学系の開発の仕事をしていた経歴もあり、講師に勧められて、特許翻訳を専門に扱う翻訳会社のインターン生に応募したのです。幸いにも合格し、それから1年間、働いてお給料をもらいながら特許翻訳の勉強をするという非常にありがたい機会に恵まれました。

 

特許は文書の構成が特殊なので、難しいという印象を持たれる方も多いようですが、翻訳するにあたっては他の技術文書とあまり変わらないと思います。ただ、特許の世界で好まれる言い回しというのがあるので、それは覚えたほうがいいですね。特許法という法律が関わってきますが、そもそも元の文書を書く人が特許法を考慮していますので、翻訳する際にはそれほど深い知識は必要ありません。翻訳者は特許法のごく基礎的なことを理解していれば十分でしょう。

 

特許翻訳には日英・英日両方の需要がありますが、日英の方がやや多いと思います。私が受注するのも日英翻訳がほとんどですね。英語は論理的な言語なので、特許など技術系の文書の場合、英文のほうが理解しやすく感じます。むしろ日本語で書かれた文章のほうが複雑でわかりづらいです。どちらにしても、原文をきちんと読んで、技術的にわからないことがあればしっかり調べて自分の頭で理解し、それを翻訳対象言語で組み立てていくということになります。

専門分野の見つけ方

私の場合は、前職で電気化学の開発に携わっていたという経歴があるので、化学記号がいっぱい入った文書をよく依頼されます。分野でいうと、化学、半導体、電気、電子などです。それから、特許翻訳を勉強するときに機械の分野から始めたので、機械系の依頼も多いです。コンピュータをいじるのが好きなので、通信系も受けます。

 

ただ、特許翻訳を始める方が最初から何かしらの得意分野を持っているかというと、そういうわけでもありません。それに、ある分野に狙いをつけて勉強したからといって、その分野の仕事が来るとは限りませんので、まずは原文をきちんと理解して、十分に調べ、納期を守って仕事をすることが何よりも大事ですね。そうやって来る仕事をきちんとこなしていくうちに、だんだん自然に得意分野ができてくるのだと思います。

 

特許翻訳者には、文系の方も多いんですよ。私の印象では、理系と文系は半々くらいでしょうか。技術系の翻訳なので理系のほうが有利だと思われるかもしれませんが、そうとも限りません。文系の方は技術に関しては知らないことが多い分、きちんと調べるし、原文に忠実に向き合って訳す方が多いので、お客様から好まれるということもあるんです。

特許翻訳のやりがい

特許って、新しい技術ばかりが出てくると皆さんお思いかもしれませんが、意外と「これのどこが特許?」というようなものもあるんです。あるいは、大きな機械のほんの小さな一部分だけが特許の対象だったり。そういうところが面白いですね。それに、特許は最終的には私たちが日常使う製品になって役立っていることが多いので、意外なところで自分が翻訳した特許技術に出会うことがあるんです。以前、プリンタが壊れたので新しい物を買おうとカタログをあれこれ見比べていたら、思いがけず自分が翻訳した特許技術を使った製品に出くわしたんです。インクジェットプリンタのインクの出方が特許だったのですが、思わずそのメーカーの製品を買ってしまいました(笑)。

 

それから、新しい仕事の依頼があり、参考資料を集めようとアメリカ特許庁のサイトで検索していたら、私が翻訳した特許がヒットしたことがありました。そういうとき、自分の仕事が世の中の役に立っているんだという実感がわいてきて、ついニンマリしてしまいますね。

特許翻訳を学習中の方へ

原文を読んだときに、頭の中に図面が思い浮かぶような読み方を心がけてほしいと思います。文字面を追って、辞書を引いているだけではだめ。取ろうとしている特許はどのような技術なのか、頭の中で思い描けるくらいに十分に理解することがまず第1段階です。特許翻訳のコツは?とか、覚えるべきテクニックは?などと聞かれることも多いですが、そういう小手先のことではなく、原文をていねいに読み込み、どういう技術について書かれているのか、特許権として取りたいのはどの部分か、それらをしっかりと理解することが重要です。しっかりと原文と向き合って基本に忠実に訳していくことがいちばん大切だと思います。

 

今はインターネットという便利なツールがあるので、わからなかったら調べてください。類似の技術がいろいろと出てくると思います。初めて聞く技術に関する特許の翻訳依頼がきたときは、丸1日は調べもので終わり、2日目からようやく訳し始めるということもあります。調べることを面倒くさがっていては特許翻訳はできません。理解できるまで徹底的に調べることが大事です。

 

それから、特許翻訳者になりたい人は、英語で書かれた技術文書をたくさん読んでおくとよいのではないでしょうか。日本のメーカーのホームページを見ると、自社の技術分野を紹介しているページがありますが、日本語だけでなく英語や中国語、韓国語などが選べる場合も少なくありません。最初は自分がよく知っている製品や技術を選んで読むと、理解しやすく勉強になると思います。

取材協力

馬場経子さん
実務翻訳家。化学、半導体、電気など幅広い分野の特許関連文書のほか、マニュアルなどの技術系文書の翻訳、テクニカルライティングなどを手がける。

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