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reco本リレー【10】対馬妙さんのreco本
『アメリカの友人』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
対馬妙さんのreco本
対馬妙さんのプロフィール:
文芸翻訳家。ポール・フィンチ『調教部屋』、アレックス・ベロス『素晴らしき数学世界』(共訳)、トニー・クリリー『人生に必要な数学50』、ダイアン・A・S・スタカート『淑女の肖像』、オーガスタス・ブラウン『なぜ、パンダは逆立ちするのか? 愛すべき動物たちの面白すぎる習性』、リザ・ウンガー『美しい嘘』、マイケル・カプラン/エレン・カプラン『確率の科学史』、など訳書多数。
この作品の読みどころ
白血病を患うしがない額縁商人ジョナサンは、余命があとわずかであることを知り、妻と幼い息子の行く末を案じていた。そんなある日、見知らぬ男からある男を殺してほしいという依頼が舞い込む。あまりにも唐突な依頼に戸惑いながらも、四万ポンドという多額の報酬に心が動きだし……。
言わずと知れたパトリシア・ハイスミスのトム・リプリー・シリーズ第3作。改訳・新装新版(町山智浩氏の解説つき)を読み、そのおもしろさにあらためて圧倒された。
前回は先が知りたい一心でずんずん読んでしまったので、今回はじっくり読むつもりだったが、気がつけばまた一気読み。どこにでもいるごくふつうの男の心の均衡が崩れる瞬間のサスペンスにしょっぱなから大興奮となり、もはやじっくり読んでいる場合ではなくなってしまったのだ。
サスペンスフルな心理描写はその後も波状攻撃さながらに襲ってくるが、それを際立たせているのが視点の設定。映画で言えばカメラワークの妙ということになるのだろう、とにかく、シーンごとにここしかないという位置にカメラを据えてくれるので、説明的な文章がほとんどないにもかかわらず、およそ単純とはいえない状況や人間関係といったものが臨場感をもってするりと頭にはいってくる。つまりは、余計なことを考えずにドキドキできるということだ。とくに本作はシリーズの3作めということもあり、視点がより決まっている気がする。
実のところ、翻訳をしていると文章の視点の設定に悩むことが少なくない。いつの日かハイスミスのように(そして、これを翻訳された佐宗鈴夫さんのように)ぴたりと決めまくれる日が来るよう、精進あるのみである。