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reco本リレー【12】坂本あおいさんのreco本
『華恵、山に行く。』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
坂本あおいさんのreco本
坂本あおいさんのプロフィール:
文芸翻訳家。フレドリック・バックマン『幸せなひとりぼっち』、ジョン・バーレー『秘匿患者』『仮面の町』、G・K.・チェスタトン『ブラウン神父の知恵』(共訳)、サイモン・ベケット『出口のない農場』『骨と翅』、リサ・クレイパスほか『花嫁になるための4つの恋物語』、リサ・ヴァルデス『ペイシェンス 愛の服従』、アイリス・ジョハンセン『悲しみは蜜にとけて』、など訳書多数。
この作品の読みどころ
今日は『小学生日記』で話題になった天才作文家でモデルのhanaeちゃんが 高校生になって書いた『華恵、山に行く。』を紹介したい。雑誌『山と溪谷』に連載していたものを1冊にまとめたもので、hanae*あらため華恵さんが山の技術を学び楽しみを見つけるようすが、ですます調の優しい文章で綴られている。
先日出た訳書に「華恵さん推薦!」の帯をつけてもらったのをきっかけに、どんな方かと興味がわいてこの本を手に取ってみたのだけれど、じつはエッセイ本はわたしにとって苦手分野。それでも山歩きの参考になればと期待したのだが、いきなりアイゼンやハーネスが出てきて目標の高さを見せつけられ、ページをめくる手が一瞬止まった。ところが、だ。
高尾山か。それならわたしも登ったぞ(そして頂上でビール飲んで、ロープウェイで帰ったんだっけ)。北の丸公園。あそこはいいね。(わたしの目的地は園内のセール会場だったけど)。ははん、懸垂下降ね(ロープで家を抜けだす少年の話を訳したので、そのやり方なら知ってる!)。
気づけば、本と会話しているではないか。あ、やられた、と思った。
目の前の風景、胸にわいた感情、記憶とのあいだを縦横無尽に行き来する、気負わない文章のなんと軽やかなこと。考える速度に合わせて紡ぎだされたような素直な日本語に知らぬ間に誘われて、自分も一歩、二歩と、地面を踏みしめている気になってくる。
結末に向けてスピード感の増す小説の興奮も捨てがたいけれど、先を急がない読書がこんなにも心地いいということを、この本はあらためて教えてくれた。足を止めて深呼吸したいときにオススメの1冊。