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reco本リレー【2】野口百合子さんのreco本
『生還者』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
野口百合子さんのreco本
野口百合子さんのプロフィール:
1954年神奈川県生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。出版社勤務を経て翻訳家に。フリードマン『もう年はとれない』、フェイ『ゴッサムの神々』『7は秘密』、ボックス『復讐のトレイル』、クルーガー『血の咆哮』など訳書多数。
この作品の読みどころ
ヒマラヤの雪崩で兄を失った増田。その雪崩から奇跡的に生還したある男が、兄の参加していた登山パーティの名誉を貶める爆弾発言をした。ところが、続いて現れたもう一人の生還者が、まったく逆の証言を語りはじめた。いったいどちらが真実なのか?
一方、増田は遺品のザイルの切り口を見て、兄は山で殺されたのではないかという疑いを抱く……。
高校生まで北アルプスに登り、『北壁の死闘』、『アイガー・サンクション』といった山岳ものが大好物の私。注目の乱歩賞作家の評判作といっても、一段組み300ページ弱では、ちょっと迫力不足では? と思いながら、読みはじめた。
ところがどっこい、謎解きとしてぐいぐい引きこまれるし、心が洗われる意外なラストまで待っていたのだ! 山に興味のない読者でも虜になる人間ドラマ&青春小説であり、上質のエンタテイメントだった。技術用語もうまく説明されていて、わかりやすい。
翻訳者は、いつ山岳ものや海洋ものなど、ふだん暮らしている世界とはかけ離れた内容の本を訳すことになるかわからない。だから、なるべく広く関心を持ち、自分の守備範囲にしたいと思う分野については、国内外の作品を読んでおくのが大切だと思っている。
そういう意味でも本書は、今日の登山でどんな専門用語が使われ、それがどの程度一般にも通用するのかを知る点で、参考になった。専門的な言葉をどこまで“いい塩梅”に使うか――皆さんが悩まれる点ではないだろうか。面白い小説を読んでそれが勉強ができるなんて、ありがたいことだ。近々山岳ミステリーを訳す予定はないのだけれど、いつかやってみたいなあ。
担当編集者からのコメント
下村敦史さんはデビュー作『闇に香る嘘』では主人公が全盲のため視覚描写を一切封印し、第2作『叛徒』では通訳捜査官という独特な警察小説に挑みました。第3作となる本作では山岳ミステリーに挑戦。一作ごとに敢えて難しい題材を選ぶ姿勢からは、受賞まで9年連続で江戸川乱歩賞に応募し続けた胆力を感じます。なんと下村さんは一度も登山経験が無いのですが、資料と取材により、ヒマラヤの凍てつく寒さや迫力ある雪崩シーンを描いています。
講談社 須田美音さん