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reco本リレー【31】中村久里子さんのreco本
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
中村久里子さんのreco本
この作品の読みどころ
気鋭の美学研究者が、単なる視覚情報の遮断ではない「視覚抜きで成立している体そのもの」を多角的に考察し、まったく新しい身体論による世界の捉え方を提示する刺激的な1冊だ。
著者にとってはただの下り坂でしかない道を、視覚障害者の友人は「大岡山」の地名と身体に感じる傾斜から、そこが「やっぱり山で、いまその斜面をおりている」と捉えた。目の前の坂道しか「見えていない」著者と、地形全体が「見えている」友人の対比に、視覚情報とはなんぞやと考えさせられる。ブラインドサッカーの選手に言わせると、晴眼者のトップ選手はボールを見てドリブルしない、つまり「メッシはブラインドサッカーの状態になっている」。なるほど、「見(え)ない」とは、すなわち能力の高さになるのだ。晴眼者と視覚障害者がともに美術館で絵を鑑賞する「ソーシャル・ビュー」では、絵の説明を介し、双方の絵の「見え方」がさまざまに変容する。「見える/見えない」が交錯し、ときに逆転するさまは、実にスリリングだ。著者はこれを、見える人と見えない人との「『対等な関係』ですらなく、『揺れ動く関係』」だという。
わたしはランニングが趣味で、最近は視覚障害者ランナーの伴走もしているが、伴走の魅力とは、まさにこの「揺れ動く関係」にあると感じる。自分の言葉が相手の視界を作り、相手の動きが自分の視界を変える。自他の境界のバランスを取りつつ進む難しさゆえの楽しさは、異なる言語を行き来する翻訳作業のそれに、どこか通じているとも思うのだ。
担当編集者からのコメント
2015年に刊行されて以来、多くの方々に読まれているロングセラー作品です。刊行前、生物学者の福岡伸一さんに原稿を読んでいただいたのですが、「いやはや、たいへんな書き手を発見しましたね」という言葉を頂戴したのを今でもよく覚えています。2018年には、絵本作家・ヨシタケシンスケさんが本書に触発されて『みえるとか みえないとか』(アリス館)という作品を刊行しました。現在の表紙は、そのヨシタケさんのイラストが目印です。
光文社 小松現さん