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reco本リレー【11】森嶋マリさんのreco本
『脳外科医マーシュの告白』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
森嶋マリさんのreco本
森嶋マリさんのプロフィール:
文芸翻訳家。マイケル・クラニッシュ『トランプ』(共訳)、ゼラーナ・モントミニー『折れない心のつくり方 人生が変わる21日間プログラム』、オヴィディア・ユウ『アジアン・カフェ事件簿2 南国ビュッフェの危ない招待』『アジアン・カフェ事件簿1 プーアール茶で謎解きを』、シェーン・J. ロペス『5年後の自分を計画しよう 達成する希望術』、マシュー ハーテンステイン『卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学』、アナ・キャンベル『黒い悦びに包まれて』、など訳書多数。
この作品の読みどころ
唯一の持病が花粉症で、風邪で寝込むのは10年に一度ぐらい。だから、病院とはほとんど縁がない。おまけに、親戚にも友人にも医者はいない――そんな私にとって、医者はちょっと遠い存在だ。ましてや、優秀な脳外科医ともなれば、別次元の人。日々、何件もの大手術をこなす医師は、自信満々で、(ひとりひとりの患者に感情移入していられないという意味で)患者をモノのように思っているのだろう、と勝手なイメージを抱いていた。
そんなイメージを見事にくつがえしてくれたのが、イギリスの脳外科医ヘンリー・マーシュ医師の手になるこの本。
次々と手術をこなし、後進の指導にあたりながらも、自分の判断はほんとうに正しいのかと苦悶するマーシュ医師の姿は、まさに人間そのものだ。
そんな人間味あふれる医師の告白である本書には、終始「患者さん」という言葉が使われている。“脳外科医は冷ややかな心の持ち主”と思い込んでいた私は、当初、この「患者さん」という言葉に違和感を覚えた。「患者」ではなく、なぜ、わざわざ“さん付け”で呼ぶのか、と。
けれど、読み進むうちに違和感はどんどん薄らいで、まもなく、マーシュ医師の真摯な態度と「患者さん」という言葉が、ぴたりと重なった。マーシュ医師にとって、患者はモノではなく、紛れもなく血の通った人間――その事実が「患者さん」という言葉に表れているのだ。
優秀で人間味あふれるマーシュ医師とて、もちろん万能ではない。手術をしても救えなかった患者もいる。そういった失敗や、無念の気持ちも、本書には赤裸々につづられている。それでいて、重苦しくもなければ、暗くもない。読めば何とも言えず温かな気持ちになれる1冊なのだ。
担当編集者からのコメント
外科医は日々何を考え、死をどう捉えているのか? 私たち多くの「患者」側からは窺い知れない、医師の人間的な側面が赤裸々に綴られた稀有な一冊だ。原文の文学的で含羞を帯びた筆致までも“翻訳”した訳文によって、その心情や葛藤が手に取るように伝わってくる。「手術自体はそうむずかしくはない、決断をくだす際に生じる問題が、なによりもむずかしい」という、技術力を超えた部分の大切さを諭す一節は、様々な仕事にも通じる箴言ではなかろうか。
NHK出版 加納展子さん
翻訳者 栗木さつきさんからのコメント
世の中には人の命を預かる仕事がある。脳外科医の場合は手術で人の感情・思考・認知機能などに損傷を及ぼすおそれがあり、大きな責任を負っている。そんな脳外科医の苦悩とよろこびを、イギリスの高名なマーシュ医師は本書で率直に綴っている。かのイアン・マキューアンが絶賛した筆致も、そこはかとないユーモアもすばらしい。短編小説のように楽しめ、読後、少し人生観が変わるような貴重な読書体験をお届けできればと願っている。