OTHERS
reco本リレー【27】光野多惠子さんのreco本
『馬たちよ、それでも光は無垢で』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
光野多惠子さんのreco本
光野多惠子さんのプロフィール:
文芸翻訳家。ローレン・グロフ『運命と復讐』、ライオネル・シュライヴァー『少年は残酷な弓を射る』(共訳)、ロバート・B・パーカー『勇気の季節』『われらがアウルズ』、ルース・ホワイト『ベルおばさんが消えた朝』、ロバート・ウェストール『クリスマスの幽霊』(共訳)、ジャネット・S・アンダーソン『最後の宝』など訳書多数。
この作品の読みどころ
3.11を前に書店で見つけた本。長篇小説『ミライミライ』を刊行して話題の古川日出男氏が震災の年に発表し、文庫化されたものだ。読みながら、たった7年で自分はこんなにも震災と原発事故のことを忘れてしまっていたのかと驚いた。いまこの本に出会ってよかったと思った。
古川氏は福島県出身。震災後、その衝撃からしばらく小説が書けなくなっていたが、どうしても被災地に身を置かなければという思いを強めて旅立つ。出発に至るまでの様々なできごとや出会いがたたみかけるような文章で書かれていて、まるで小説を読むようだ。
特に、旅に同行することになる編集者とのやりとりが印象深い。イベントで顔を合わせた編集者は、すでに旅のことを心に決めていた古川氏から、福島に行きたい、出版社としてサポートできないか、とたずねられ、打てば響くように「します」と即答する。そして自らも同行を申し出、その夜のうちに社内調整を済ませて出発の態勢を整えてしまうのだ。ほかの2人の編集者の同行も間をおかずに決まった。
彼らは、津波と原発事故で破壊され、多くの人が離れていっていた土地で、想像を絶するような光景を見る。置き去りにされた動物たちとも出会う。そこから生まれた小さな物語が作品を締めくくる。震災直後のまだ人々が言葉を失っている時機に書かれた、数少ない物語の一つだ。単なるルポではなく、物語だけでもない本。そこには作家の世界観、歴史観がぎっしり詰まっている。古川日出男ワールドへの 入り口 ポータルとしてもおすすめしたい。
担当編集者からのコメント
「3月11日に震災が起きて、自分に何ができるのかというときに、最終的には書くことだったわけです。」――これは著者の、古川日出男さんの言葉です。2011年に東日本大震災が起き、福島県出身の一人の人間として、さらには、作家として、あの時あの空気の中で成された切実で真摯な挑戦が本作であり、それは「嘘を一個も書かないフィクション」でした。震災から時間が経過した今だからこそ、読んでもらいたい作品です。
新潮社 高橋裕介さん