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reco本リレー【21】小竹由美子さんのreco本
『台湾生まれ 日本語育ち』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
小竹由美子さんのreco本
小竹由美子さんのプロフィール:
文芸翻訳者。ジョン・アーヴィング『神秘大通り』『ひとりの体で』、アリス・マンロー『ジュリエット』『善き女の愛』『ディア・ライフ』、ジム・シェパード『わかっていただけますかねえ』、アレクサンダー・マクラウド『煉瓦を運ぶ』、ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』(共訳)、ネイサン・イングランダー『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』など訳書多数。
この作品の読みどころ
白水社のHP連載時から楽しみに読んでいた、台湾生まれの作家温又柔さんのエッセー集。本書は日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。
3歳の時に一家で来日した作者は、主にTVアニメで日本語を吸収。幼稚園、学校と進むうちに「母語は日本語」となった。でも一方で、家のなかでは相変わらず台湾語、中国語が飛び交い、そのふたつの言葉は作者の幼少時の記憶とも深く結びついている。作者は自然、周囲に響く様々な言葉に敏感になり、それに纏わる歴史(作者の祖母は日本語が流暢で中国語は苦手、母は学校で中国語を叩きこまれた世代)にも目を向けるようになり、やがて中国語を外国語として学び、自らを投影した小説を書くに至る。
言葉とまともに向き合わずにいられない作者と対照的なのが、不完全な日本語に中国語と台湾語を自在に織り交ぜて平然としている母の姿。そんな母の話しぶりを恥じていた作者が、やがてそれを「ママ語」として愛おしむようになる過程を辿ったのが本書だとも言える。
今や世界のあちこちで、様々な「ママ語」を聞いて成長した作家たちが豊かな作品を生み出している。「ママ語」は作家を育てる、と強く思う。「ひとつの母語のなかに3つの言語(中国語、台湾語、日本語)が響き合っている」という温さんの言語世界は、そのまま温さんの小説世界でもある。日本語をいっそう豊かにしてくれる、重要な書き手のひとりだ。言葉について考えるのが好きな人なら必読の1冊。
担当編集者からのコメント
言語とアイデンティティの問題を追究してほしいと温さんにお願いし、連載エッセイ「失われた〝母国語〟を求めて」が白水社HPで始まったのが2011年9月。毎回、納得がいくまで書き直し、掲載するということを続け、気づけば4年が過ぎていた。言葉の記憶をたどりながら、自身のルーツから日台の歴史にまで踏み込んでいった。最大のヤマ場は、日本語で書かざるを得なかった日本統治時代の台湾作家と、同時代を生きた祖父たちの思いを重ねる場面だ。乗り越えるのに半年もの時間が必要だった。そして初めて、歴史のつながりとして家族と自分自身の存在を受け止め、家族の豊かな言葉をまるごと受け入れられるようになったのだ。その瞬間を見届けた時、最終回は自然に訪れた。本書は、作家・温又柔の「始まりの本」である。
白水社 杉本貴美代さん