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reco本リレー【18】金井真弓さんのreco本
『人間とは何か』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
金井真弓さんのreco本
金井真弓さんのプロフィール:
文芸翻訳家。カレン・ディロン『ハーバード・ビジネス・レビュー公式ガイド 社内政治マニュアル』、マーク・ニクソン『愛されすぎたぬいぐるみたち』、テッサ・デア『夢見るキスの続き』、ポーラ・リッツォ『リストマニアになろう!』、ジェイミー マクガイア『ウォーキング・ディザスター』『ビューティフル・ディザスター』、ソニア・リュボミアスキー『人生を「幸せ」に変える10の科学的な方法』など訳書多数。
この作品の読みどころ
マーク・トウェイン。本をあまり読まないという人でも、子どものころにアニメや絵本などの形で『トム・ソーヤ―の冒険』や『王子と乞食』には触れたことがあるのではないだろうか。アメリカ文学の最高傑作のひとつ『ハックルベリー・フィンの冒険』の作者として、トウェインの名を知っている人も多いだろう。冒険物語やユーモア小説を書いていた作家というトウェインのイメージがまったく覆されるのが、この『人間とは何か』である。
本書は、人間とは外部からの影響に支配されているにすぎず、自分では何も生み出すことができない機械であると主張する老人と、人間の良心を信じる若者との対談の形をとっている。人間は、「自分自身の精神を満足させたい、という衝動」のみに突き動かされていると説く老人。幸福の追求も、自己犠牲などの善意の行動もすべてが自己満足の結果にすぎないという考え方は実にペシミスティックだが、鋭い指摘であると言わざるを得ない。
「人間は機械だ」というトウェインの主張は、AI技術が発達しつつある現在の社会を予見していたかのようだ。はたして人間は機械なのか、いずれ機械は人間を超えるのか、いろいろと考えさせられる。100年以上も前の1906年に刊行された本書だが、今こそ読まれるべき作品だろう。邦訳は以前から出ていたが、新訳が刊行されたのも、この作品が再評価されているためと思われる。
訳者である、長年トウェイン研究や翻訳に携わってこられた大久保博氏の「訳者あとがき」と「追記」もぜひ読んでほしい。ガン宣告を受けた大久保氏がトウェイン顔負けのユーモアで自身の病気について語っている。また、金原瑞人氏による解説も参考になるだろう。
文庫で200ページほどの短い作品だが、深い洞察に満ちた、お勧めの1冊である。
翻訳者 大久保博さんからのコメント
小生、むかし、こんな文章を書いたことがありました。
「多摩川のほとりに移り住んで、もう11年になる。窓をあければ、すぐ目の前が川だ。毎日見ているが、少しもあきない。ときには水かさを変え、速さを変え、向きを変える。季節によっては、大きな月が川から昇り川に沈む。渡り鳥がやって来て、浅瀬の川に体を浮かせながら、川底の餌をあさる。こういう風景を見ていると、釣りのことなど忘れてしまう。
ある日のこと、その渡り鳥を見ていて、ふと気がついた。どの鳥も、流れに身をまかせ、川上から川下へと漂いながら、ときどき首を水に突っ込んでは餌をあさっている。そして、しばらくそのまま流れてゆくと、やがて羽をひろげて川上に舞いもどる。そしてまた、前と同じ動作をくりかえしながら、餌をあさる。流れに逆らって無理やり首を水の中に突っ込むやつは一羽もいないのだ。考えてみれば、これは至極あたりまえのことで、流れに逆らっては、せっかくの餌場だって広範囲に餌をあさることもできず、結果はただ骨ばかり折れて収穫なし、ということになる。この渡り鳥はその理屈をちゃんと知っていたのだ。
ところがこの理屈を知らないやつがいる。人間という動物で、とくに、英語を勉強している者の中に多い。英文を日本文に訳すとき、きまって文章の最後の部分から前へ前へと返って訳そうとする。英文を書く人は、誰だって左から右へ書いている。文頭の一語を書いて、次は文尾へ飛んで、そしてそこから左へ左へと書いてゆく人など一人もいない。必ず左から右へ、と書く。ということは、その人の思考の流れは左から右へ順々に流れていることになる。ところがその英文を日本文に訳すとき、右から左へと返って訳す者が実に多い。そんな訳し方をしていったのでは、原文の思考の流れに逆らって餌をあさることになってしまう。これでは結果はただ骨ばかり折れて収穫なし、ということになる。「流れにのる」ということは大切なことなのだ。」
何かご参考になるかと思い、引用しました。
毎日、ガンとの対話をつづけている88歳の小生、「夕日のガンマン」の遺言です、お許し下さい。
亡者になる前の大久保 博