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reco本リレー【16】加賀山卓朗さんのreco本
『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
加賀山卓朗さんのreco本
加賀山卓朗さんのプロフィール:
文芸翻訳家。チャールズ・ディケンズ『オリヴァ―・ツイスト』『二都物語』、デニス・ルヘイン『過ぎ去りし世界』『夜に生きる』、トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』、ジョン・ル・カレ『地下道の鳩』『誰よりも狙われた男』、ロバート・B・パーカー『春嵐』、ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』『火刑法廷』、アンドリュー・ロス・ソーキン『リーマン・ショック・コンフィデンシャル』など訳書多数。
この作品の読みどころ
『失脚/巫女の死』(光文社古典新訳文庫)を読んでから、私のなかでは「スイスの筒井康隆」と位置づけている劇作家・小説家デュレンマットの作品です。とりわけ戯曲で名をなした人だから「スイスの井上ひさし」かもしれないけれど、「毒」の投入方法が初期の筒井作品にそっくりではなかろうかと。
で、この作品、グレートです。話は一見単純。真面目一辺倒の中年独身男アルヒロコスが新聞にお見合い広告を出したところ、ものすごい美女が結婚を申しこんできて、そこから出世はするわ、金は入るわ、城に住めるわでいいことづくめ。教会の司教からはこんなアドバイスをもらいます。
「ひょっとしたらあなたはこれから幸運の道という、非常に困難な道を歩むことになるのかもしれない……(中略)……私たちが普通この世で歩むのは不幸の道なので、人々は不幸の道の歩き方は知っていても幸運の道の歩き方は知らないからです」
この作家は脇役や小道具など細部の作りこみがうまくて、じつに笑わせます。どんどん幸せになっていくアルヒロコスはどうなってしまうのか。もちろん、ただではすみませんよね。結末がふたつあり、ひとつは作者が本来書きたかったもの、もうひとつは通常の娯楽小説を期待していた読者向けのものらしいのですが、私はだんぜん前者を支持します。すぐに読める薄手の本なので、ぜひご自身で確認してみてください。
担当編集者からのコメント
デュレンマットの存在を増本先生に教えていただいて以来、その毒の妙味にやられています。2度目3度目に読んでも笑えるのは、あらすじだけではなく細部の描写が冴えているからこそ。本書では、主人公のあまりにうぶで控えめな生き方にやきもきし、どこぞの国にもいそうな権威に弱い人たちへの皮肉たっぷりの描写にニヤニヤし、ラストの急展開にびっくり(この爆発力がすごい)。一人でも多くの方に味わっていただけたらうれしいです。
白水社 鹿児島有里さん
翻訳者 増本浩子さんからのコメント
デュレンマットは長年研究対象にしてきたので押さえるツボはわかっているつもりですが、いつもひっかかる落とし穴はスイス・ドイツ語。今回は主人公の弟がしゃべるゴロツキ言葉がよくわからず、勤務先のドイツ語ネイティブに尋ねてもオーストリア人なので歯が立たず。こういう時の奥の手はスイスでお世話になった指導教授で、今回もお出ましいただき、なんとまあ、デュレンマットの勘違いを発見してしまったのでした。作家本人も気づかない細部まで読み込む楽しみが翻訳者にはある、ということかも。