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reco本リレー【23】古市真由美さんのreco本
『凍てつく海のむこうに』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
古市真由美さんのreco本
古市真由美さんのプロフィール:
文芸翻訳家。ティモ・サンドベリ『処刑の丘』、トンミ・キンヌネン『四人の交差点』、サラ・シムッカ「ルミッキ」シリーズ、マッティ・ロンカ『殺人者の顔をした男』、レーナ・レヘトライネン『要塞島の死』『氷の娘』、ペトリ・サルヤネン『白い死神』、マイヤリーサ・ディークマン『暗やみの中のきらめき 点字をつくったルイ・ブライユ』など訳書多数。
この作品の読みどころ
これはすごい物語だ。
読み始めたとたん、そう確信する本がある。さらにはその確信が、読み進めるあいだも読み終えてからも、一瞬たりとも揺るがない本、それどころかますます強まる本、というのがある。本書はまさにその例だ。第二次世界大戦末期のヨーロッパ北部、厳寒のバルト海に多くの命が散った〈ヴィルヘルム・グストロフ〉号の事故。その史実を核に据えた、骨太の歴史小説が本書である。400ページ近い長編だが、作品の世界にのめり込み、一気に読んでしまった。
物語は男女4人の視点で語られる。彼ら――バルト三国のひとつリトアニア出身の女性、東プロイセン人の青年、ポーランド人の少女、ドイツ人の水兵――は、いずれも10代後半から20代はじめの若者だ。苛酷な時代にあって生き延びようと必死にもがく彼らが、コートの下に、リュックの底に、心の奥に隠している秘密とは? 4人の生きる道が絡まり合いつつ怒濤のように向かう先には、海運史上最大の惨事ともいわれる悲劇が待っている。4人はどう切り抜けるのか? 運命に屈してしまうのか? 物語の圧倒的な力にぐいぐい引っぱられ、ページを繰るのがもどかしくなる。
作者は米国生まれだが、父親がリトアニアからの亡命者だという。自らのルーツにつながる、あまり知られていないが重要な史実を取り上げ、歴史の波間に消えた人々の声を、すばらしい物語の形で私たちに届けてくれた。英国で権威あるカーネギー賞を贈られたのも納得の傑作。
担当編集者からのコメント
2014年に作者のルータ・セペティスさんが来日された際、当時執筆中だったこの本についてご紹介をいただきました。第二次世界大戦末期の東プロイセンが舞台ときいて、興味をひかれる読者がどれぐらいいるか?? ややそんな心配をしたものですが、原稿が届いてみれば、まったくの杞憂でした。膨大な取材が物語として見事に昇華された、第一級の作品です。時間や空間の隔たりを軽く飛び越えて読者を引き込んでしまう、そんな海外文学ならではの力が、この作品にはあります。
岩波書店 須藤建さん
翻訳者 野沢佳織さんからのコメント
作者は、入念なリサーチで得た膨大な情報をテンポのよい文章で再構成し、映画を観ているような臨場感をつくりだすと同時に、秘密や葛藤を抱える危うげで魅力的な人物たちを登場させて、読者を物語にひきこみます。偶然一緒に旅することになった老若男女が、互いの素性や意図をさぐりあいつつ助けあって生きのびようとする姿が印象的です。クリスプで情緒のある原文の雰囲気を伝え、各人物の個性を際立せる訳文をめざして、推敲を重ねました。