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reco本リレー【28】青木悦子さんのreco本
『遠い町から来た話』
「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。
バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!
青木悦子さんのreco本
青木悦子さんのプロフィール:
文芸翻訳家。J・D・ロブ<イヴ&ローク・シリーズ>、ポール・アダム『ヴァイオリン職人の探求と推理』『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』、マイクル・コリータ『深い森の灯台』、ノーラ・ロバーツ『あの頃を思い出して 第一部』など訳書多数。
この作品の読みどころ
今回ご紹介するこの本には、15の短編小説がおさめられている。
そしてそのどれにも、この世界ではない別の世界が登場する。
すぐ隣りにある異世界と、そこの住人。こちらとあちらの世界があたりまえのように並存していて、誰かがそこを行き来すると、何かが生じる。喜び、不安、冒険、驚き、焦燥。そのどれもが奇妙になつかしく、どこかで出会ったような気がする。
また、作者自筆の絵が実にいい。一編ごとにタッチや描法を変えてあり、単なる挿し絵ではなく、文章と同等の力を持って物語をかたっている。そうした絵の自在な力によって読み手は遠く運ばれるが、そこに広がる景色ははじめて見るのに、やはり不思議な既視感がある。むかし味わったけれど忘れていた感情や、眠っていた思いを呼び覚まされる。
わたしがとくに好きな話は『水牛』だ。いつものっそり寝ているけれど、誰かが相談ごとをすると必ず正しい方向を指してくれる水牛。でもいつしか誰も相談にいかなくなり、水牛は……結末はぜひ本書の実物を手にとって、読んでいただきたい。わずか1ページの文章と1枚の絵からなる物語が、忘れがたい印象を残す。
水牛の頭の上には、そこに憩う鳥たちのシルエットがえがかれている。その鳥がなんだかうらやましくみえるわたしは、もうむこうの世界の住人なのかもしれない。