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『エイミー、エイミー、エイミー!
こじらせシングルライフの抜け出し方』
本作の字幕翻訳を担当した堀池明さんに、お話をうかがいました。
- 【作品紹介】
- 幼い頃、父親から「一夫一婦制は悪だ!」と言い聞かされて育った、とある姉妹。時は流れ、姉のエイミー(エイミー・シューマー)は過激な記事が売りの雑誌社の記者となり、男性に恋愛感情を持たず一夜限りの割り切った関係を楽しむ毎日を送っていた。ある日、取材でスポーツ外科医アーロン(ビル・ヘイダー)と出会ったことで、彼女の中で何かが変わり始める。ところが辛辣な「こじらせ」性格が災いし、アーロンとの仲に亀裂が……。全米で人気のコメディエンヌが脚本・主演を兼ね、豪華ゲスト陣を迎えて放つ辛口コメディ。
■監督:ジャド・アパトー
■出演:エイミー・シューマー、ビル・ヘイダー、ブリー・ラーソンほか
DVD発売中
販売元:アメイジングD.C.
エイミー・シューマーの自伝的要素が濃い
女性目線の過激なコメディ
本作の原題は≪TRAINWRECK≫で「列車事故」という意味と、そこから転じたと思われる「大惨事」という意味があります。主人公のエイミー(役者もエイミー、役名もエイミー)は、大酒は飲むし、ワンナイトラブはするし、おまけに口も悪いので、いつもトラブルに巻き込まれたり周囲を怒らせたりしています。タイトルには「自身も周囲も『大惨事』」という面白さがこめられているのではないでしょうか。 僕自身、コメディ映画は見るのは大好きですが、訳すとなると話は別です。翻訳にあたり初めて本作を見た時は、「ここ面白い!」と思いつつも「さて、どうやって訳そう」と頭を抱えたのを覚えています。ただ1つ助かったのは、本作はダジャレ系のジョークは少なくて、代わりに「あるある系」が多かったことです。ダジャレ系(または言葉遊び)は言語が変わると通用しなくなるものが多く苦労しますが、「あるある系」は言語が違っても共感を呼べるぶん、まだ訳しやすいのです。
戸田奈津子さんは著書で、涙を誘う要素は「死」にしても「別れ」にしても国境を越えて同じだが、笑いはそうはいかない、とおっしゃっていました。外国の笑いを理解できるようになる方法は、その国の映画を見たり本を読んだりなどいろいろあると思いますが、とにかく行ってみるのがいちばん手っ取り早い。僕は高校・大学時代に計5年をアメリカで過ごしたことがおおいに役立っていると思います。
女性のセリフを訳す時は、なるべく女性になったつもりで訳しています。断言はできませんが、主人公に合う言葉が浮かびやすくなる気がするんです。 ただし、エイミーにはワンナイトラブを好むなど若い男みたいな面もあります。そういうところは、若かりし頃に飲み会好きだった自分を思い出しながら訳しました。 過激なセリフが多いので、なるべく過激さを保てるように工夫もしました。またこの場を借りて、字幕を校正・編集してくださった方々に御礼を申し上げます。
業界ネタも多く、実在の映画タイトルがバンバン出てきましたが、なるべくそのまま訳しました。『パイレーツ・オブ・カリビアン』『クラッシュ』『ダウントン・アビー』などはすべて字幕に出しています。ただ『天国の門』だけは、少し表現を変えています。原文では、「安心して。うまくいくわ」となだめられたエイミーが“Can you tell the members of Heaven’s Gate in there to relax?”と言っています。直訳すれば「『天国の門』(を制作中)のスタッフたちに安心してと言える?」ですよね。これは『天国の門』が歴史的大赤字を出したことを引き合いに出して「このままだと失敗する」と暗喩しているんです。とても面白いセリフですが、原文のまま字幕にしただけだと視聴者に伝わりにくいと判断して、「『天国の門』みたいにコケる」という字幕にしました。こうすることで、すべての視聴者はムリでも何人かは理解してくださる人が増えると思ったんです。
冒頭でエイミーの父ゴードン(コリン・クイン)が「一夫一婦制は悪だ」と言うシーンは見どころの一つです。ゴードンは自身の浮気性が原因で離婚することになるのですが、別れ際にまだ幼いエイミーと妹のキム(ブリー・ラーソン)にこの言葉を叩き込みます。彼の独壇場とも言える大演説は比喩に満ちていて、想像力を使わなければ笑えませんが、何度でも見返したくなるほど中毒性があります。なお、このシーンに出てくるstewardessという単語は、字幕では「スッチー」と訳しました。現在では日英ともにcabin attendantまたはCAが好ましい呼称とされているようですが、このシーンは1990年前後の会話という設定なので、字幕も当時風にしてみました。
エイミーは両親が離婚し、父からの教えのせいもあって、大人になると割り切った関係を持つようになりました。ただ本人はそれを気に入っているようで、外科医のアーロン(ビル・ヘイダー)と恋仲になりそうな時なんかは「今のあたしはどうかしてる」とむしろ焦っています。不特定の異性と寝ていたい、という軽いノリがエイミーの魅力だと感じました。
主演と脚本を務めたエイミー・シューマーは、インタビューで本作が自伝に近いと言っています。だからなのか、女性視点のジョークがリアルに感じられました。中には男性陣への風刺もあって、僕も反省させられました。
また、多彩なゲスト陣も見どころです。たとえば現役プロレスラーのジョン・シナが、本作ではエイミーの恋人、というかキープ君(古い言い方ですが)の役で出演しています。これがまた天然キャラの筋肉バカという設定で、1人だけ他とは違った笑いを提供してくれます。
原文を深く理解すること
その理解を極限まで正確に表現すること
僕が映像翻訳者を目指すようになったのは中学生の頃です。英語を習い始めたタイミングで、映画『スター・ウォーズ』に出会いました。ちょうど旧3部作の特別編が公開された頃です。そして、字幕翻訳というものを初めて意識しました。ちょっぴり得意だった英語と、大好きな『スター・ウォーズ』。この2つを合わせた仕事が字幕翻訳ならばさぞかし楽しいものだろう、と漠然とですが思い描くようになりました。 そして高校からアメリカに留学し、大学は翻訳に特化した分野のない学校に進学したのでマスコミ学科の紙面報道領域を専攻しました。英語の新聞記事の執筆や取材の心得を学ぶことで、翻訳に役立つ文法力や調査力を手にできると思ったからです。
実際、翻訳者になってからは、「孤独な作業だな」と思うようになりました。僕は吹替より字幕が多いので、収録立ち会いがありません。そうなると自宅の書斎で1人で仕事をして原稿を提出する日々が多くなります。これは結構孤独です。でも勤務時間は柔軟に調整できるので、翻訳に役立つ講演や講座、イベントには頻繁に顔を出しています。 いつか『スター・ウォーズ』がエピソード20くらいまで製作されたら、翻訳を担当してみたいです。本当に製作されたら、それはそれでファンとして複雑な心境になりますが。
翻訳の初仕事は、大学卒業後に修了した翻訳学校から紹介していただきました。また、かけだしの頃は翻訳雑誌の求人情報を頼りに、翻訳会社に営業メールを送りました。すると短尺のものを依頼していただけるようになり、次第に長尺も……といった感じで仕事がつながりました。飲み会で知り合いになった翻訳者仲間から仕事を紹介されたこともあります。紹介していただいた取引先とは今でも付き合いがありますので、仲間のみなさんには感謝しています。
仕事を始めてしばらくは受注も収入も安定していなかったので、平日昼間に会社勤めをしながら夜と週末に翻訳の仕事をする「二足のわらじ」生活を送っていました。 フェロー・アカデミーではアンゼ先生の講座を選んで受講しました。アンゼ先生が翻訳した『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を見て以来ファンとなってしまい、いつか教えていただきたいと思っていたんです。アンゼ先生の授業では、原文を深く理解することと、その理解を極限まで正確に表現することの大切さを学びました。こうして言ってみると簡単なように聞こえますが、実際はそう簡単に極められるものではありません。
翻訳学校のよいところは、何と言ってもクラスメイトがいることです。先生からのご指導はもちろんのこと、クラスメイトの言葉や原稿から学ぶこともたくさんあります。そして、修了してからは仕事上のお付き合いに発展することもあります。自分自身だけで成長しようとするのではなく、みんなで成長する気持ちで取り組むと良いと思います。
取材協力
堀池明さん
高校からアメリカに留学。アーカンソー中央大学でマスコミを専攻。卒業後、翻訳学校で学び、事務職として働きながら夜や週末に翻訳を行う“二足のわらじ”生活を経て、2012年から翻訳専業に。おもな字幕翻訳作品に『幸せのありか』『ピーキー・ブラインダーズ』『ザ・フィクサー(前編・後編)』『グッド・プレイス』など。