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『砂上の法廷』
【作品紹介】
- 【作品紹介】
- 弁護士のブーンが自宅で刺殺され、16歳の息子マイクに第一級謀殺の容疑がかけられた。ブーンと親交のあった敏腕弁護士ラムゼイはマイクの弁護人となって無罪を勝ち取ろうとするが、彼は法廷でなぜか頑なに口を閉ざし続ける。陪審を味方につけようと画策する弁護人に、自分の体面を保とうとする証人たち。いくつもの思惑と嘘が交錯する中、突然マイクが衝撃の告白を始める。いったい真実はどこにあるのか?
■監督:コートニー・ハント
■出演:キアヌ・リーヴス、レニー・ゼルウィガー ほか
■発売・販売元:ギャガ
一番の見どころはミステリーとしての完成度。
キアヌの吹替の森川さんのお芝居が見事で感激しました。
本作の一番の見どころはミステリーとしての完成度です。全編を通して伏線があり、ラストまで見て「ああ、そうか」と気づかされる王道的な楽しみがあると思います。でもラストではきっと裏切られますよ!
本作には裁判用語、司法・警察関係の固有名詞もよく登場します。訳す前に「『評決』へのオマージュでもある」と書かれた映画記事を読んでいたので『評決』は見ました。自分が映像翻訳を目指す原点となった1つが海外ドラマであり、『アリー my Love』『ボストン・リーガル』などデヴィッド・E・ケリー氏の作品も大好きだったので、調べるのがあまり苦にならなかったかもしれません。
とはいえ、本作の場合は先に公開された岡田理枝さんによる字幕版のデータも拝見でき、それが素晴らしい字幕だったので、ものすごく勉強になると同時に大いに参考にさせていただきました。
固有名詞を除いては、字幕の内容とのすり合わせに支障がない程度に変えることにしています。耳で聞いて分かる言葉と目で見て分かる言葉はやはり違いますし、尺と口を合わせるためというのもあります。どの程度変えてよいかはクライアントさんのお好みにもよるので、初めてのクライアントさんのときはできるかぎり確認するようにしています。
ただ、本作は法廷シーンが多いので全体的に話し言葉でもそこまでは崩していません。1カ所、字幕で「内容は伏せます」という表現があり、ステキだなと思ってそのまま吹替でも使ったら「吹替ではちょっと固い」というご指摘を受け、現場で「言えません」「言いたくないんです」のような表現に修正しました。
キアヌ・リーヴス演じるラムゼイは敏腕弁護士なので、物言いに隙がないイメージを想定して、あまり癖を出さず、淡々としたほうがよいかな、と思いながら訳しました。今回吹替版でキアヌの声を担当されたのは、トム・クルーズをはじめ大物俳優を持ち役にしている森川智之さんでした。森川さんはいろんな役がお上手ですが、今回も見事なお芝居で感激しました。
また、レニー・ゼルウィガーの吹替をされた安奈ゆかりさんも素晴らしかったですし、若手の役者さんも実力のある方ばかり。みなさんのおかげでつたないセリフもずいぶん助けてもらったと思います。
若手の役者さんなどはいろんな作品の収録現場で何度かご一緒しているうちにどんどん上手になり、だんだんいい役をもらうようになってそのうち主役レベルになっていくことも。そういう過程を目の当たりにすると「オバチャンも頑張るよ」と大変いい刺激になります。
専門分野、英語以外の言語、翻訳スピードなどなど。
自分の持ち味を大事にして活かせるとよいですね。
私はもともとは4年間、英語の教員をしていました。大好きな仕事でしたが諸々の事情で退職することになって次の道を考えるにあたり、当時はまだ若かったので「何でもやってみよう」と思い、翻訳の学校探しをしてフェロー・アカデミーのベーシック3コースに通うことにしました。このコースは当時の自分には厳しかったですね。週3日通学して、ほかの日はほとんど課題をやっていた記憶があります。今思えばそれが厳しいなんて本当に甘かったと思いますが、あの3カ月で翻訳体力の基礎ができたように思います。その後通信と通学で映像翻訳の勉強を続けましたが、どの講座も先生方の教えを乞うのが毎回楽しみでした。今でも、何か講座を受けたい、と思ってしまいます。
映像翻訳の初めての仕事は、翻訳者ネットワーク「アメリア」を通じて応募した映画祭での上映作品の吹替翻訳で、『やさしいジャバ』というイランの短編映画でした。ボランティアではありましたが、初仕事が心温まる映画というのはすこぶるラッキーだったと思います。
その後、しばらくはアメリア経由で積極的に求人に応募し、トライアルを受けていました。その頃にご縁ができたいくつかの会社さんには今もお仕事をいただいています。ときに字幕翻訳者として採用された会社さんから吹替の仕事をいただくこともあれば、その逆のこともあるのでおもしろいですね。
最初の5~6年は字幕メインでしたが、吹替の仕事が半分ぐらいになった頃から人づてのご縁によるお仕事も増えました。収録現場でいろんな方と顔を合わせるようになったからかもしれませんね。先輩翻訳者さんの紹介でドラマシリーズを分担させてもらったり、一度お仕事をしたクライアントさんから別作品の依頼をいただくようになったり、といった具合です。子供が小さいうちは現場に立ち会うのも難しかったですが、今はなるべく立ち会うようにしています。たとえ針のむしろになることがあっても、それはそれで勉強ですし(笑)。
韓国語をはじめ、特に吹替では専門外の原語の作品を訳す機会も少なくありません。字幕のお仕事で専門外の言語を訳すときは英語版のスクリプトが支給されるのが普通で、さらに原語のスクリプトも大抵はもらえます。吹替の場合は英語と原語のスクリプト、それに字幕版が先にある場合は字幕データも支給されることが多いです。ちなみに今より韓流の仕事が多かった頃は全訳(素訳)をもらえたこともありました。ひととおりの資料をもらったら、一応すべてに目を通します。専門外の原語でも、紙でなくデータでもらえれば調べ物にかなり活用できると思います。
仕事を始めてしまうと娯楽として映画やドラマを見る時間が極端に少なくなりますから、映像翻訳を学習中の方は今のうちに見ておくといいですよ。しかも仕事だと「気づけば今月ホラーしか見てない」なんてこともあるので(笑)、いろいろなジャンルを見ておくといいと思います。英語ができる、日本語ができる、という人は世間にあふれていますが、それに加えて映画が好き、ドラマが好き、という方は上手になれる気がします。周りの先輩方のお仕事ぶりを見ていてもそう感じますね。
あとは自分の持ち味を大事にすること。専門分野がある、英語以外の言語ができる、その国に詳しい、あるいはスポッティングがきれい、翻訳スピードが速い、逆に多少遅くてもすごく丁寧、などなど。必ず何かしらあると思うのでそれを活かせるとよいですね。かく言う私も試行錯誤の毎日ですが、一緒にがんばりましょう。
取材協力
小尾恵理さん
劇場公開作品、DVD発売作品、映画祭上映作品の字幕・吹替翻訳を多数手がける。主な翻訳作品に『リピーテッド』『タイガー・マウンテン 雪原の死闘』『シャークネード エクストリーム・ミッション』(吹替)『たむろする男たち』(字幕)『ブーガルーとグレアム ~2ひきのニワトリ~』(字幕・吹替)など。