FEATURES
『シング・ストリート』
80年代テイストに彩られた本作の吹替翻訳を担当した井村千瑞さんに、お話をうかがいました。
- 【作品紹介】
- 1985年、大不況下のダブリン。14歳のコナー(F・ウォルシュ-ピーロ)は、経済的な事情で、洗練された学校から荒れた公立校へ転校する。おまけに家庭内では両親が不和でケンカが絶えない。「やってられない」状況の中で、唯一の楽しみは音楽オタクの兄とテレビでロンドンのミュージックビデオを見ることだった。ある日コナーは、街で大人っぽいソフィナ(L・ボイントン)に一目惚れ。思わず「僕のバンドのミュージックビデオに出演しない?」と声をかけてしまう。慌てて、コナーはバンドを結成し……。
■監督:ジョン・カーニー
■出演:フェルディア・ウォルシュ-ピーロ、エイダン・ギレン、ルーシー・ボイントンほか
デヴィッド・ボウイ風ファッションにカセットテープ
80年代テイスト満載で、主人公にたくさん共感できた
本作の舞台は80年代のダブリンが舞台で、80年代の懐かしの音楽だけではなく、カーニー監督作品ではおなじみのオリジナル音楽が堪能できます。そして何と言ってもストーリーがすばらしいです。主人公の少年のバンド活動をとおして、当時のアイルランド情勢や家族の危機、恋愛、兄弟関係などが描かれています。
主人公のコナーたちは自分たちでプロモーションビデオを撮るのですが、その中で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のダンスパーティーを彷彿とさせるシーンがあります。コナーの妄想なのですが、彼の思いと現実との差が出ているシーンでとても切なくて泣けます。
それからコナーのメンターである兄のセリフに心を打たれるシーンがあり、兄弟のいる方や長男の方は共感できるのではないかと思います。(映画の最後に「For Brothers Everywhere」とメッセージがあるのもうなずけます)。ラストシーンも、「Go Now」の歌詞をかみしめながら観ると勇気をもらえること間違いなしです。
登場人物たちの服やお化粧などのファッションは、80年代らしくデヴィッド・ボウイを彷彿とさせます。またカセットテープに録音しているのが、今となっては何とも懐かしいです。私も実際に80年代に青春を楽しんだ1人として、主人公のコナーに共感することがたくさんあったところです。変な服を着てかっこつけてみたり、先生の言うことを聞かなかったり(笑)。
そして、新たな発見もありました。当時アイルランドの人々の多くが職を求めてイギリス(ロンドン)に渡っていたこと、カトリック教徒は法律上離婚が許されなかったことなどは今回初めて知りました。
この作品を訳すまではジョン・カーニー監督の作品は観たことがなかったのですが、今回『はじまりのうた』を鑑賞しました。やはり『シング・ストリート』同様、オリジナルソングが作品に絶大な影響を与えていると感じました。両方ともサウンドトラックを買いたくなる作品ですね。
フランス映画が大好きで志した映像翻訳
未経験可の求人に応募して仕事を広げる
私は子供の頃から語学や映画が好きで、習いたての英語でハリウッドの俳優にファンレターを書いたり、ペンフレンドを作って手紙のやり取りをしたりしていました。上映される映画を片っ端から観たり少ないお小遣いで雑誌「ロードショー」を買ったりも。社会人になっていったんは普通のOLを経験しましたが、やはり映画や語学を使った仕事をしたいと思い直し、映像翻訳の道を選びました。
とはいえ、映像翻訳をする前に「翻訳」というものを知りたくて、最初はフェロー・アカデミーの「翻訳入門」を受講しました。思えばそこで、翻訳のいろはと奥深さを学んだ気がします。
フェロー・アカデミーで学習したあと、大先輩の字幕翻訳者さんと運よく知り合うことができ、最初はその方を通していくつかお仕事をいただきました。また翻訳者ネットワーク「アメリア」に入会し、「未経験者可」のフランス語の映像を見つけて応募しました。デビューしたての頃はお仕事を広げていくのが難しいものですが、私の場合は運も味方してくれたと思っています。 現在は、育児をしながら翻訳の仕事をしています。もともとフランス映画が大好きで映像翻訳を志したこともあり、今後はできるだけフランス映画の字幕・吹替翻訳を手がけられるようになりたいですね。
取材協力
井村千瑞さん
映像翻訳家。映画・ドラマなどの英日・仏日翻訳を幅広く手がける。主な作品に、映画『ビッグ・アイズ』『神様メール』『ムーンライズ・キングダム』(吹替)、ドラマ『NCIS:LA ~極秘潜入捜査班』(字幕)『スリーピー・ホロウ』(吹替)など。