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『REIGN/クイーン・メアリー』
本作の字幕翻訳者の一人である金澤壮子さんに、ドラマの見どころや翻訳裏話をうかがいました。
- 【作品紹介】
- 1557年、スコットランド女王メアリー・ステュアートは、隣国フランスとの同盟を確かなものにするため、6歳の時に婚約したフランス王太子フランソワと久しぶりの再会を果たす。幼少期を一緒に過ごしたフランソワは政略結婚の相手というより懐かしい幼馴染であり、凛々しく成長した姿を見てメアリーは胸を高鳴らせるが、フランソワの態度はよそよそしく、フランス王妃カトリーヌは占星術師ノストラダムスの予言を信じ、この結婚を阻もうとする。傷心のメアリーの前に現れたのは、王太子の腹違いの兄、セバスチャン(バッシュ)だった…。
■製作総指揮:ローリー・マッカーシー、ブラッド・シルバーリング ほか
■出演:アデレード・ケイン、トビー・レグボ、トーランス・クームズ
史劇でありながら、堅苦しさを排した現代的な世界観。
メアリーの毅然とした強さをセリフに表わせるよう心がけました。
16世紀のフランス王室を舞台にしたロマンチックかつスリリングな大河ドラマです。実在したスコットランド女王メアリー・ステュアートの若き日の恋と運命が、一難去って今度は二難? という具合にドラマチックに展開されます。
毎回、その波乱に満ちた展開にドキドキと胸を躍らせつつ翻訳を進めました。史劇ではありますが、堅苦しさを排した、とても現代的な世界観なので、あらゆる世代の方に、より身近に楽しんで頂けると思います。ストーリーの面白さはもちろん、華やかな宮廷の美男美女ぞろいのキャスト、現代風にアレンジが施されたシックなドレスの数々も、本作の大きな魅力です。
主人公のメアリーは美しく、気高く、聡明で、優しく……、と女性のあらゆる美点を備えたヒロインです。乗馬や木登りが得意、というおてんばなところがある反面、恋愛には奥手で不器用なところもあります。でも、何より印象的なのは心の強さです。どんなに過酷な運命にもひるむことなく立ち向かい、歩みを止めない。常に自分の存在を超えて、祖国のために、まっすぐに行動する人です。妥協や打算のない純真さとたくましさが、とても魅力的に映りました。可愛さというよりは、毅然とした強さをセリフに表わせるよう心がけました。
メアリーの幼い頃からのいいなずけである王太子フランソワは、まさにおとぎ話に出てくる王子様そのもの。ハンサムで、知的で、まだ少年っぽい幼さも同居していて、しかも次期国王ですから、惹かれない女性はいないでしょうね(笑)。ストーリーが進むにつれ、考え方も顔つきも、最もめざましく成長していく人物でもあり、目が離せない魅力があります。
フランソワの異母兄であるバッシュは、不遇にありながらも自由で、野性的な人物です。最愛の弟のためには自分の命をも投げ出そうとする献身的な優しさも備えており、フランソワより年齢的にも精神的にも大人の頼れるアニキという感じ。国王の愛人の子という出自ゆえ、時折、哀愁が見え隠れするところも魅力的です。
とはいえ、本作で魅力的なのはイケメンばかりではありません。私のイチ推しは、メアリーの女官の一人に片想いをするカッスルロイ卿という人物。一見小太りで冴えない非モテくんなのですが、商才に長け、誰よりも優しく、懐の深い男性です。彼の一途な想いが通じるよう、応援しながら訳していました。
史劇ではありますが、原文は全体的にフランクな表現が多く、翻訳中に「作品の個性として、より現代的な表現に」という方向性にまとまったので、あえて古風な物言いにはとらわれないよう心がけました。苦心したのは敬語ですね。字幕は字数制限があるので、どうしても浮かんだままの表現が使えないのです。最大限の敬意を込めたつもりですが、かなり工夫が要りました。また、王族や貴族がメインなので、村人などの平民にはできるだけ、くだけた表現を使い、セリフに彩りが出るようにしました。
字幕翻訳は私を含めた3名の翻訳者で、1話ずつ順番に担当しました。納品時に、シリーズの担当者全員に字幕データを送信することになっており、私は3話目からの担当でしたので前2本の納品が済み次第、字幕データを映像に載せて全体をチェックし、ノートを作っていました。たとえば、前の回で「謁見室」が「玉座の間」になっていれば、それにならうように、気になった用語やキーワードを書き留めながら自分の担当回の作業を進めました。その上でディレクターが用語や言葉使いまで、とても丁寧にチェックしてくださっていたので、不安を感じることはなく、むしろ私以外のお二人の訳文を拝見できることで新しい語彙や表現を吸収でき、大変いい経験になりました。
これまでも何度か、複数の翻訳者さんとシリーズの翻訳をする機会に恵まれたのですが、そのたびに、一人で訳していたら浮かばなかった訳語を何度も発見できました。訳者自身にとってもいい刺激になりますし、作品自体にも奥行きが生まれるような気がしています。
登場人物と一緒になって泣いたり笑ったり怒ったりできる。
そんな映像翻訳以上に素敵な仕事を私は知りません。
もともと私は無類の映画好きなので、映像翻訳に対する憧れは潜在的に学生時代からあったと思いますが、明確に意識したのは20代後半でした。人生の岐路に立ち、何か一生を捧げられる職を身につけたいと思ったときに、語学と映画と演劇と文学、という好きなことを全て網羅するのは翻訳しかないと思い至り、翻訳修行を始めたんです。大学時代はエイゼンシュテインからタランティーノまで古今東西を問わず、さまざまなジャンルの映画を観て、戯曲を読みこんできました。映像翻訳は翻訳技術とともに、ドラマを読みとる力も重要だと思うので、いい訓練になったかもしれません。
フェロー・アカデミーではカレッジコースに通いました。映像翻訳の授業で生まれて初めて字幕の課題を前に「この長い文をどうやって10文字にすればいい?」と途方に暮れていたとき、講師の瀧ノ島ルナ先生がおっしゃった言葉は当時の不安な心境とあいまって印象に残っています。「実力をつけるためには人より1文字でも多く訳すこと、言葉の引き出しをたくさん増やすこと」。翻訳者としてデビューできたのちも日々実感している言葉です。また字幕の師匠である田中武人先生には、デビュー以降も字幕の細かな処理や表現法など親身に相談に乗っていただき、心から感謝しています。
初仕事は、トライアルを受けてネット配信のインディーズ映画をめでたく担当できるようになったときです。インディーズとはいえ、いきなり長尺の字幕案件を任せていただけたのですから、本当に幸運でした。おかげでコメディーや青春ドラマ、ドキュメンタリーとさまざまなジャンルを経験できました。その後も、ドキュメンタリー番組専門チャンネルのチェッカーの仕事、講師の田中武人先生や峯間貴子先生からの下訳、翻訳者ネットワーク「アメリア」経由で応募したクライアントからの仕事などをいただいています。営業戦略のようなカッコいいものはなく、ひたすら愚直に、目の前の案件に必死で取り組んでいます。
振り返ると、デビュー前の仕事経験がない時期が一番つらくて不安でした。見えない将来のことに気をとられ、誤訳を指摘されては凹む日々……。でも、それはどんな翻訳者も通っている道で、そこを手探りでもあきらめずに続けた人がプロになっているのだと思います。もちろんデビューできた後も、次の仕事に繋げるためには努力して結果を出すことが重要。やっと壁を乗り越えたと思ったら、次はもっと高い壁がそびえているかのようです。それでも訳すのが楽しくて、もっと心情にマッチしたセリフがないか我が事のように悩み、登場人物と一緒になって泣いたり笑ったり怒ったりできる。そんな映像翻訳以上に素敵な仕事を私は知りません。不安になって何も手につかない時は本を1冊読む、映画を1本観る。私はデビュー前も今も、変わらずに続けています。
取材協力
金澤壮子さん
総合翻訳科カレッジコース、単科「吹替」「字幕」「峯間ゼミ」、通信講座マスターコースで映像翻訳を学習。映画『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』『コードネーム:ウイスキー・キャバリエ ふたりは最強スパイ』『アルジャーノンに花束を』(字幕)『スリープレス・ナイト』(吹替)、ドラマ『ハンナ~殺人兵器になった少女~』『スノーピアサー』『エクスパンス ~巨獣めざめる~』(字幕)などの翻訳を手がける。