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『キリングゲーム』
字幕翻訳を手がけたのは、高橋彩さんです。
本作の見どころをはじめ、高橋さんの気になるお仕事内容についてもたっぷりとお話をうかがいました。
- 【作品紹介】
- 1990年代、セルビア軍によるボスニアでの虐殺に対して米軍とNATOが軍事介入を行ったボスニア紛争。当時戦地に赴いていた米軍の大佐ベンジャミンは、今では人里離れた山奥でひとり静かに暮らしていた。そんな彼のもとに、偶然を装ってコヴァチという男が現れる。この男こそ、かつてベンジャミンに戦地で「処刑」されながらも一命をとりとめ、報復をもくろんでいたセルビア人兵士だった。翌日二人は狩りに出かけるが、それは危険な「死のゲーム」の始まりだった。
■監督:マーク・スティーヴン・ジョンソン
■出演:ロバート・デ・ニーロ、ジョン・トラボルタ
発売・販売元:アミューズソフトエンタテインメント
提供:株式会社ショウゲート
(c) 2013 PROMISED LAND PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
デ・ニーロとトラボルタ、二大俳優の競演が見もの。
ハリウッドスターの出演作を翻訳できて、本当にラッキーでした。
私は映像制作会社に勤務していて、私のいる字幕制作課のスタッフは翻訳経験者、翻訳家志望者が多くいます。ふだんは字幕のチェックや演出の仕事をしていますが、クライアントさんから翻訳者の選定を委ねられた作品があれば、短編作品や特典映像などを自分で訳す機会が何度かありました。そういう条件で劇場用作品の翻訳依頼が何本か重なり、その中で私が担当させてもらえることになった1本がこの映画でした。私にとっては初の劇場用長編作品です。ハリウッドスターの出演作を翻訳できて本当にラッキーだと思いましたし、そういう機会をくださったクライアントや社内のみなさんにも感謝しています。1週間余りの期間の中、ほかの業務の合間を縫って一生懸命訳しました。
本作の見どころは、やっぱりデ・ニーロとトラボルタという二大俳優の競演ですね。特にベンジャミン役のデ・ニーロは、だいぶ年老いたものの、トラボルタを拷問するシーンなどは往年の狂気を感じさせて怖いものがあります。この2人の一対一のアクションに加え、「戦争」も大きな要素になっています。二人の過去にはボスニア紛争がありますし、デ・ニーロがかけているラジオから現在のシリア情勢の報道が聞こえてくるシーンは戦争の悲劇がいまだに繰り返されていることをうかがわせます。
ボスニア紛争などの史実が絡んでいるので、訳す前に関連本をいろいろ読んで背景知識をつけ、また地名など固有名詞の参考にもしました。また劇中では狩猟や弓の構造についての話も出てくるので、それらにも詳しくなろうと事前に調べましたね。また、トラボルタ演じるコヴァチはセルビア語を話すシーンがあるのですが、スクリプトに英語訳がついていたのでそれを頼りに訳すことができました。
劇中のセリフで特に印象に残っているのがコヴァチのセリフで、「俺の故郷は美しいが 見えない血が層となって 至るところに分厚く残ってる」という字幕にした箇所です。私もかつてポーランドなどを訪れたとき、風景の中にどことなく暗い戦争の歴史が感じられる体験をしたので、その感覚はもしかしたらこのセリフと通じるものだったのかな、と思いました。また、高校時代の短期留学先のクラスに旧ユーゴスラビアの人が多くて、帰国後もオンラインで連絡をとりあっていたのですが、コソボ紛争の空爆の影響でベオグラードの友達の通信環境が途絶えることなどがあって、まったくの他人事とは思えませんでした。とにかく、戦争は一人ひとりの人生をめちゃめちゃにするもの、ということがこの映画で再び思い出されました。
カレッジコース受講中にスタッフからアドバイスを受け応募した制作会社の求人。
語学留学で伸ばした外国語力も仕事に活かせています。
中学の頃から、大好きな映画に関わる仕事がしたいという思いがあり、翻訳にも興味を持っていました。大学を卒業してイギリス留学を終えたあと、翻訳関係の雑誌を読んでいたらフェロー・アカデミーの存在を知り、カレッジコースに入学しました。いろんな分野を学習してみてやっぱり映像分野への興味が強まる中、修了前の個別ガイダンスで翻訳者ネットワーク「アメリア」に出ていた映像制作会社のアウラの求人を勧められ、応募したんです。
入社後、初めは訳された日本語だけを見て、用字用語辞典などを参考に言葉の使い方、表記の統一、差別用語の有無などをチェックしていました。私の入社当時はちょうど韓流ドラマブームにのって韓国語の得意な翻訳者さんが急増した時期で、テレビ放映作品のDVD化にあたって日本語表現を見直す機会が多く、とても勉強になる経験でした。それからだんだんに、原文と付き合わせてのチェックや専門的なレベルでのチェック、さらには字幕が出るタイミングや位置、大きさなどを見やすく調整する演出の仕事も担当するようになっていきました。
4年半勤めたところで、一度退職してイタリアに1年間語学留学をしたのですが、帰国して次の仕事を探すタイミングで再びアウラから声をかけていただき、舞い戻ることになったんです。それからはチェック・演出を含めた制作進行全般にわたる業務、そして日本映画を海外の映画祭に出品するための英語字幕やイタリア語字幕の制作担当もしています。
カレッジコースでは分野を問わず、調べ物をしっかり行うこと、そして「ネットよりはなるべく本にあたる、ネットであっても信用できるサイトにあたる」といった心得を教わりました。その重要さは仕事を始めてから実感しています。ちゃんと調べ物をしておけば、訳に指摘が入った場合もこれは間違いではないと自信を持って言えるようになります。
歴史物や特典映像など調べどころの多い案件で丁寧に申送りをすることと、誤字などのうっかりミスをなくすことは、初めから心がけておくと信頼を得やすいかと思います。それから、意外と忘れがちなのが「本編以外の納品物」です。例えばドラマシリーズをエピソードごとに複数の翻訳者さんに分担するときは、次回予告や前回までのあらすじの映像も担当を決めてお願いすることがありますし、字幕ソフトのデータと一緒にスクリプトにハコ切りしたものを納品するようクライアントさんから指定されることもあります。あとは、仕事を抱えすぎるとどうしてもクオリティが低下してしまうので、無理せず自分の限界を知っておくことも大切だと思います。
取材協力
高橋彩さん
総合翻訳科カレッジコースへ入学。修了後、映像制作会社のアウラに入社し、字幕翻訳のチェック、演出を手がける。また自身でも短編映画『ウエスト・バンク・ストーリー』『ロスト・シング』『ロゴラマ』『ピックポケット』(いずれもWOWOW「アカデミー賞受賞ショート特選」で放送)、DVD特典映像、映画祭上映作品などの翻訳を手がける。