FEATURES
『犯罪心理捜査官セバスチャン』
- 【ストーリー】
- スウェーデンの地方都市ヴェステロースで、心臓をえぐり出された少年の死体が見つかる凄惨な事件が起こる。現地署の要請を受け、捜査に乗り出した国家警察の殺人捜査特別班は、とある理由で警察を離れたかつての仲間、犯罪心理学者のセバスチャンと現地で偶然に再会する。ひょんなことからチームに合流し、捜査に加わるセバスチャンだが……。スウェーデン国外でも人気となった「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第1作目。
テレビドラマのような雰囲気があるエンタテインメント
立体的なキャラクター造形も魅力
── まずは、本書のあらすじや読みどころについて、解説をお願いします。
スウェーデンの地方都市で、心臓をえぐり取られた少年の死体が発見され、国家刑事警察の殺人捜査特別班が応援に向かいます。重大な殺人事件が起きると現地に派遣され、地元警察と協力しながら捜査をする精鋭チームで、メンバーは4人。そんなときに、昔このチームの一員として働いていた犯罪心理学者のセバスチャン・ベリマンがたまたま現地にいて、とある不純な動機でチームに加わることになります。はじめは事件にほとんど興味がなく、自分の目的を達することばかり考えているのですが、捜査が進むにつれて関係者の抱えている秘密が明らかになっていくのがおもしろくて、だんだん捜査にのめり込んでいく……という物語です。
── 著者は2人組のようですが、どのような人物なのでしょうか。
2人の著者は、どちらももとは脚本家です。そのせいなのか、物語の進め方がとても上手だと思います。テレビドラマのような雰囲気があり、エンタテインメントとしてよくできています。キャラクター造形も読みどころのひとつです。とくに主人公のセバスチャンは、自分勝手で横柄で女たらしで、でも仕事のうえでは有能、悲しい過去を背負っていて、どこか憎めないところのある男、というふうに描かれています。捜査班のほかのメンバー4人も、とても生き生きとしていて、立体感がある、と感じます。
── 作品では、家庭崩壊がひとつのテーマになっているように感じました。
おっしゃるとおりですが、この作品でスポットが当たっているのはむしろ、親子関係の崩壊だと思います。詳しく語るとネタバレになってしまいそうなので控えますが、気持ちがすれちがっていたり、コミュニケーションが取れていなかったり、親が自分の価値観を押しつけるばかりだったりと、さまざまな形で機能不全に陥っている親子関係が描かれています。
── 翻訳作業についてもお聞かせください。先ほど、著者は2人とも脚本家というお話がありましたが、脚本家ならではの工夫や特徴は、どのあたりに感じたでしょうか?
初めてこの本を読んだときに、まるでテレビドラマみたいだな、と思いました。どうしてそう思ったのか考えてみると、いちばん大きいのはキャラクターの印象ではないかと思います。みんな個性がはっきりしていて、思わず頭の中で配役を考え、俳優のイメージをふくらませながら読んでいました。翻訳する際にもそのイメージが頭の中にありました。
── 文章についてはいかがでしょうか。
短い文章の連続や、場面転換のテンポの良さなども、テレビドラマを思わせるところがあると思いました。その一方で、心理描写がとても詳しくて細やかなので、これは脚本家としていつもは書ききれないところだから、その鬱憤を晴らしたのかな、などとも思います。
── そのほかに、日本とは文化も風習も異なるスウェーデンの作品ということで、翻訳する上での難しさはありましたか?
細かいことを挙げればたくさんあります。警察機構や階級は英語圏とも日本とも違いますし、スウェーデン人ならだれでもわかるけれど日本の読者には解説を加えないとわかってもらえない固有名詞が出てきたりもします。物語に関係する例としては、スウェーデンの学校制度があります。被害者の少年が通っていた高校の形態が日本にはない形で、そのままでは作中のセリフの意味が通じず、少し補いはしたのですが、結局あとがきでも補足説明させていただいています。
── 登場人物の人間関係などで、未解決の問題もありますが、原書のシリーズ展開と、本国での反応を教えてください。
どの作品もミステリーとしてのプロットがよく練られていて感心するのですが、その一方で、セバスチャンや殺人捜査特別班メンバーの人間関係の変化、私生活の変化も、シリーズ展開の大きな部分を占めています。あまり詳しく語ると1冊目のネタバレになってしまうので、これも控えなければなりませんが……1冊目から順番に読まないとよくわからないかもしれない、とは思います。
本国スウェーデンでも人気シリーズですが、実はドイツでとても人気があって、1冊目である本書が半年以上ベストセラーリストに入っていた、というのがスウェーデンでも話題になりました。
── ありがとうございます。それでは最後に、学習中の方へメッセージをお願いします。
私自身、もともと外国語や外国の文学に興味があって、それが翻訳者を志すきっかけにもなりましたが、実際に仕事を始めてみて実感するのは日本語力の大切さです。とくにいまは日本国外に住んでいるので、そのことを痛感しています。母語であっても使わなければどんどん衰えるんですよね。ほかのどの辞書よりも、国語辞典を引く回数がいちばん多いのではないかと思うほどです。日本語の語彙や、よいリズムを身につけるためにも、日本語の本をたくさん読むことが大切だと思います。これは自戒も込めて。
同時に、翻訳する言語やその言語圏の文化、文学についての勉強も続けなければなりませんから、大変ではあります。ゴールはなく、つねに勉強、一生勉強だと思います。そして、そう思うとワクワクするのです……学びを楽しめるかどうかで、翻訳という仕事を楽しめるかどうかも決まるのかもしれません。
そんなわけで私自身もまだまだ学習中だと思っていますので、お互い楽しみつつ頑張りましょうね。
取材協力
ヘレンハルメ美穂さん
出版翻訳家。訳書に『犯罪心理捜査官セバスチャン』(東京創元社)、『ミレニアム』シリーズ(共訳、早川書房)、『アンダルシアの友』(早川書房)、『三秒間の死角』(角川文庫)など。現在スウェーデン在住。フェロー・アカデミー修了生。