FEATURES
『ビースト・オブ・ノー・ネーション』
ベネチア国際映画祭で少年役のエイブラハム・アタが新人賞を受賞し、アメリカでは配信と同時に劇場公開という画期的なPR方法でも注目を集めた本作。吹替翻訳を手がけた大岩剛さんに、翻訳の裏話をうかがいました。
- 【作品紹介】
- 内戦下のアフリカ某国。政府軍に父と兄を殺されかろうじて逃げのびた少年アグーは、反乱部隊に拾われ、カリスマ的な指揮官のもと残忍な兵士へと変貌していく。
監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
出演:イドリス・エルバ、エイブラハム・アタ ほか
抑えた演出がかえって見る者の心に何かを訴える作品
翻訳と修正を重ねて制作会社の方と戦友になれた気がします
武装勢力に捕まって少年兵となり、各地で戦闘を重ねるうちに麻薬や暴力、殺人を経験していくアグー。彼の目を通して、残酷な現実やその中で生きる人間の強さと弱さが描かれています。激しい戦闘シーンや残虐な場面も出てきますが、全体的に抑えた感じの演出が、かえって見る者の心に何かを訴えかけるような作品です。
アグーは平和に暮らしているときも、機械的に人を殺すようになってからも、自分や周りの人々を一歩引いたところから見ている感じがします。そのため、セリフはあまり幼い子供が話している感じにならないようにしました。アグーを演じたエイブラハム・アタはそうしたキャラクターにピッタリだと思います。
指揮官は、そのカリスマ性でアグーや兵士たちを統率しています。ただ、祖国や愛する人のために戦っているわけではなく、基本的に自分の利益しか考えていません。威圧的で理不尽で狡猾なのですが、どこか「憎めないオヤジ」のような部分があり、慕っている部下も少なくありません。そのあたりを意識してセリフを作りました。
本作のスクリプトには、現地語や不完全なセリフがたくさんあり、流れを汲んででセリフを作らなくてはならない部分がかなりありました。話者が違っている箇所も多く、だいぶ混乱しましたが、なんとか納期までに作業を終えました。ところが、納品後にアメリカからスクリプトと映像の最終版が届いたためチェックしたところ、拾わなくてはならないセリフが大幅に増えていて頭を抱えました。セリフの変更も多いうえ修正の時間も短いため、制作会社の担当の方と連絡を取りつつ急いで作業を進めました。最終日は朝6時から修正を始め、終わったのは翌朝の9時過ぎでした。
その後アメリカから再び連絡があり、現地語はすべて字幕で出すことになったため、苦労して作ってきたセリフが大量にカットされてしまいました。アフレコが終わったあともアメリカから新たに判明したセリフや変更の知らせが何度か来たので、そのたびに修正しました。
また、本作の場合は通常の吹替原稿に加え、「ダイアログリスト」を提出する必要がありました。タイムコード、話者、英語原文の欄の横に翻訳欄があり、そこに吹替原稿から抜き出したセリフを入れるのです。この作業にかなり時間を取られました。その後、アメリカにいる日本人のチェッカーさんが翻訳欄の横に質問などを入れてチェックバックをしてくるので、それに回答して再提出しました。
ほかに、固有名詞や普通名詞のリストも作って提出しました。今回、字幕に先行して吹替版制作が始まったため、字幕翻訳を担当する方があとでそれを見て表記を統一するとのことでした。そのためリストにある呼称を途中で変えた場合は、すぐに制作会社さん経由で字幕担当の方に伝えてもらいました。こうした一連のドタバタを通じて、制作会社の方とは「戦友」になれた気がします。
取材協力
大岩剛さん
単科・映像翻訳コースを修了。主な字幕翻訳作品に『ARROW / アロー』シーズン2、『群盗荒野を裂く』(NHK BSプレミアムで放映)がある。そのほかディスカバリーチャンネル『ミリタリー大百科』(字幕)、ナショナルジオグラフィックチャンネル『潜入タリバニスタン』(VO)などドキュメンタリー番組の翻訳も多数。