門脇弘典さん
東京外国語大学フランス語学科卒業後、輸送機器メーカーに勤務。自分の好きな「ことば」を仕事にしようと思い、フェロー・アカデミーに入学。「ベーシック3コース」「出版総合演習」「田口ゼミ」を受講。多数のビジネス書の翻訳を手がける。主な訳書に『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』(NHK出版)など。
翻訳を勉強しようと決意したきっかけは、東日本大震災でした。私は出身が宮城県で、幸い実家は無事でしたし、身内に不幸もなかったのですが、人間いつ何が起こるかわからない、それなら好きなことを仕事にしようと思ったんです。それで当時勤めていた会社を辞め、以前から興味を持っていた翻訳を勉強することにしました。
「ベーシック3コース」を最初に受講した理由は、短期集中で3つの分野をすべて学べるからです。できるだけ早く仕事をしたいと考えていましたが自分に向いている分野がなんなのかを確かめたいという気持ちもありました。
受講を始めて、翻訳に対するモチベーションがさらに上がりました。うまく訳せれば当然うれしいですし、逆に誤訳をしても「次はまちがえないぞ」とやる気が出たりしました。とくに印象に残っているのは「実務基礎」と「映像基礎」の授業です。「実務基礎」は短い文をいくつも訳すのですが、文法的には難しくないのに面白いほど誤訳やまずい訳をしました。自分では英語ができると思っていたのですが、あれは悔しかったです。「映像基礎」の吹替翻訳の授業では、自分が訳した台本をプロの声優さんにアフレコしてもらえる機会があり、楽しかったですね。
ベーシック3コースを修了した後は、出版翻訳コースの中級「出版総合演習」と上級「田口ゼミ」を受講しました。
田口先生からの紹介で、ゼミ生何人かで本を手分けして下訳するということも何回かさせていただいています。下訳というのは、最終的に表紙に名前が載る訳者の方のために叩き台となる翻訳をすることです。「翻訳協力者」として本のうしろのほうで紹介していただけることもあります。2015年2月に映画が公開された『アメリカン・スナイパー』の原作にも私の名前を載せていただき、とても嬉しかったです。
自分の名前が表紙に載った初めての訳書『レレバンス・イノベーション』は、田口先生に紹介していただいたリーディングがきっかけでした。リーディングというのは、原書を読んで内容を要約し、感想などをつけた資料を作成する仕事です。翻訳して出版するかどうかを出版社で検討する際の参考にされます。それで出版することに決まったら、運がよければリーディングをした人に翻訳もまわってきます。
初めてリーディングをした本は出版されなかったのですが、2冊目にリーディングした本が『レレバンス・イノベーション』で、運よく出版されることになり翻訳も任せていただけることになりました。
この本はマーケティングに関する本で、内容は顧客と商品とのつながりが重要だというものです。170ページほどの本を訳すのに3カ月の時間をいただいたのですが(めったにないことらしいのですが)途中で締切の前倒しがあったので、初めての訳書にしてはなかなかヘビーな体験でした。
実は、訳者あとがきを書くのにも苦労しました。マーケティングの専門家ではないので自分の体験を中心に書いたのですが、これにはゼミで取り組んだエッセイが役に立ちました。「とにかく書くことに慣れるのが大事だ」といつも先生はおっしゃっていて、授業で毎回テーマを出されて次回までに書いてくるのです。その経験がなければ、もっと苦労していたかもしれません。
現在は3冊目の訳書の翻訳をしていますが、これもきっかけはリーディングで、そこから翻訳につながりました。今回の本は、クリエイティブに生きるための自己啓発書です。
フェローでは、原文の肝はなんなのか、最終的に何が言いたいのかを読み取ろうとする姿勢を学ぶことができました。これは分野を問わず共通していることで、翻訳の基本であり極意でもあるかもしれません。今は出版翻訳がメインですが、3分野学んだ経験は自分の糧になっています。