石垣賀子さん
立命館大学産業社会学部、ウィスコンシン大学(英語言語学専攻)卒業。帰国後、医療機器メーカー勤務のかたわら翻訳の勉強を開始。2004年から約5年間、フェロー・アカデミーに通学。2005年、「第11回いたばし国際絵本翻訳大賞」特別賞を受賞。2011年にフリーランスの翻訳者となり、出版翻訳と医療機器翻訳を行っている。
立命館大学産業社会学部、ウィスコンシン大学(英語言語学専攻)卒業。帰国後、医療機器メーカー勤務のかたわら翻訳の勉強を開始。2004年から約5年間、フェロー・アカデミーに通学。2005年、「第11回いたばし国際絵本翻訳大賞」特別賞を受賞。2011年にフリーランスの翻訳者となり、出版翻訳と医療機器翻訳を行っている。
2作目の訳書『いつまでも美しく――インド・ムンバイのスラムに生きる人びと』(早川書房)は、ピュリッツァー賞受賞ジャーナリストが3年余にわたってスラムに密着し、貧困と過酷な現実の中で懸命に生きる二家族の姿を追ったノンフィクションで、2014年1月に刊行された。全米図書賞をはじめ数多くの文学賞に輝いており、日本でも各種の書評で高い評価を受けた秀作である。
「リーディングしたとき強い衝撃を受けた作品でした。丹念な取材の下、希望もあれば絶望もある混沌としたスラムの世界が鮮やかに描かれています。もともと貧困や女性の生き方というテーマに関心があったので、とても大切な作品になりました」 翻訳に際しては、格調高く美しい原文の雰囲気を再現すること、インドの文化や習慣になじみのない日本の読者がすっと読めるようにすることなどを心がけた。
「長編を本格的に訳したのは初めてで、“木を見て森を見ず”になってしまっていた点を、編集者や校閲者の方に気づかせてもらいました。翻訳者は木も森も見て、例えば本全体を見て登場人物の心情の変化などもつかみながら訳すことが求められます」
9月には同じ出版社から、ツイッターの創業者の一人が著した『ツイッターで学んだいちばん大切なこと』が刊行された。前作とはガラリと雰囲気の違うユーモアあふれる作品で、「原書と同じように人の善意を信じる著者の人柄が感じられるように訳した」とのこと。現在は4作目となるビジネス書を翻訳中である。
翻訳学校の人脈から仕事のチャンスが到来
最初の就職後に翻訳を仕事として考え始め、アメリカで英語学を学び、帰国後の2004年に翻訳の勉強を始めた。医療機器メーカーで働きながらフェロー・アカデミーに通学。スクールの講師からの紹介で少しずつリーディングや下訳のチャンスが来るようになった。
2010年に刊行されたデビュー作『なんでももってる(?)男の子』(徳間書店)も、講師に紹介され継続的に子どもの本のリーディングをしている出版社の編集者に依頼されたもの。児童書ならではの対象年齢に合わせた訳語選びに苦戦したが、編集者の助けも得て、校正を重ね訳了した。
和書向けのイラストと本文を照らし合わせる作業などもあり、一から本を作るプロセスを体験できたことは大きな糧になった。だが、低学年向けの書籍でボリュームが少なかったにも関わらず会社勤めとの両立は大変で、まとまった量の翻訳の仕事をするにはフルタイム勤務では難しいと考え、会社を退職。出版翻訳の下訳やリーディングとともに、会社での経験を生かして医療機器翻訳もするようになった。
「私は翻訳業界につてがなく、スクールから人脈が広がって、下訳やリーディングのお話をいただけるようになりました。2作目の『いつまでも美しく』も、最も長く師事した夏目大先生の紹介で始めたリーディングがきっかけでした。仕事を得るには少しでも翻訳の近くにいようとすることが重要であり、その方法のひとつがスクールなのだと思います」
外に出て人と話すこと、横のつながりを持つことは大切なので、今も翻訳教室や勉強会に参加。友人や翻訳者仲間に会う機会も意識して設けているそうだ。
翻訳者と編集者は目的を共有するチーム
翻訳をするときは、その作品の中身やメッセージを日本の読者に伝える責任の重さを常に感じるが、それだけにやりがいは大きい。
「編集担当の方からの意見を受け、ときには一緒に考えて、訳稿に手を加え文章が洗練されていく過程では、大きな感謝とともに『よい本をつくる』という目的を共有するチームの一員であることに謙虚な気持ちと喜びを感じます」
これからもノンフィクションが主軸になりそうだが、児童書のリーディングも続けており、機会があればヤングアダルトにも挑戦してみたいと思っている。
「特に興味があるテーマは女性の生き方や働き方、人種・民族、多文化理解などですが、ジャンルを問わず、世界にはさまざまな文化と価値観があることを知るきかっけになるような書籍を手がけられればうれしいです」
誰のところにもチャンスはやってくる
リーディングや下訳、分担訳などのチャンスは誰のところにも回ってきます。私は積極的な売り込みはあまりしていませんが、リーディングや下訳から次の仕事につながり、単独訳のお声をかけていただきました。いい仕事をすれば次につながると思うので、どうすれば仕事が得られるかと悩むより、チャンスがめぐってきたときにいい仕事ができるように日々準備しておく――読む、書く、訳す――ことが大事だと思います。
『通訳者・翻訳者になる本2016』(イカロス出版発行)より転載
(Text 四宮規子)