池田美紀さん
カレッジコースで1年間翻訳を学び、翻訳者として独立。映像翻訳と出版翻訳を手がける。主な吹替翻訳作品に、映画『トゥモローランド』、DVD『フィフス・エステート』、TVシリーズ『BS 世界のドキュメンタリー』『ビッケはちいさなバイキング』など。訳書に、『ヘルスケア臨床現場におけるクリニカルマッサージ』 『地球のごはん』(ともに共訳)などがある。
どんな翻訳がしたいのかを見極めたかった
大学を出て商社に就職したものの、自分には向いていないのかもしれないと思うようになりました。ではどんな仕事なら、と考えたとき「翻訳」という答えに至ったのは、小さいころから本好きだったことが大きいと思います。
翻訳者になろうと一念発起し、5年勤めた会社を退職。無収入になる時間をできるだけ少なくするため、一時期に集中して学べる学校を探しました。フェローに決めたのは、全日制のカレッジコースがあったからです。特にやりたい分野が決まっていたわけではないので、実務・出版・映像の3分野が学べるカリキュラムも私にはぴったりでした。
会社勤めをやめて挑戦する以上、お金になるかどうかより「やりたいかどうか」を最優先したかったので、ジャンルへの好みや適性がわかったのが良かったですね。毎日授業についていくのに必死でしたが、授業が終われば同じ目標を持った仲間と翻訳や本についてじっくり話すこともでき、楽しくあっという間の1年でした。
無難な翻訳から自分らしい翻訳へ
カレッジコースの中で特に印象に残っているのが映像翻訳の授業。先生が「このセリフにはこういう気持ちが隠れているよ」と芝居の解説をよくなさっていたのですが、実際に映像翻訳の仕事を始めるとその大切さが分かりました。セリフを訳すうえで欠かせない「芝居心」を学べたのは、映像翻訳者としての大きな財産です。
出版翻訳の布施由紀子先生には、自分らしく訳す勇気を授けてもらった気がします。無難で味気ない翻訳をしがちでしたが、最後の授業で先生に「少しは思い切ったことができるようになったわね」と言われ、目が覚めた思いがしました。原文に忠実に訳すのは大前提ですが、そのうえで「大胆に訳すべきところは思い切って訳そう」という気持ちで仕事に取り組んでいます。
身に付けた対応力で仕事を軌道に乗せる
カレッジコース修了後、知人のツテを頼りにいくつか取引先を確保することができました。最初の仕事は、補聴器を調整するソフトのマニュアル翻訳。苦手な実務翻訳とはいえ、自分から頼みこんだ手前「イヤ」とは言えず(笑)、似たような日本語マニュアルを参考にしながら何とか訳し切りました。その後も、ニュース雑誌やウェブ、映像作品などをこなして実績と経験を重ねました。さまざまな仕事に即対応できたのは、カレッジコースで基礎を幅広く学んでいたからだと思います。
次第に仕事の方向が定まり、現在はドキュメンタリーやアニメ、ドラマや映画の吹替と、専門書や実用書の翻訳を手がけています。出版翻訳を始めるきっかけとなったのは、2009年に応募したアメリアのスペシャルコンテストです。私ともう1人の方が合格し、『ヘルスケア臨床現場におけるクリニカルマッサージ』という専門書を共訳しました。解剖学の本や医学辞典を買い込み、互いに用語統一をしながら訳しましたが、分量は多く内容は専門的。翻訳していた5カ月間、互いに励まし合いながら、なんとか二人三脚で完走することができました。
そんな私が同じ編集者さんからその後も継続して仕事を頂いているわけですから、やはり頑張ってみるものです。自分にできることを精一杯やり切ることがいかに大事か、再確認できました。
新人だからこそ「スピード」が不可欠
1年学んですぐフリーランスの世界に飛び込んだ私から学習者の皆さんにアドバイスするとしたら、まずは「原文を丁寧に読み取りましょう」ということ。仕事で要求されるスピードはケタ違いなので、原文の理解があいまいだと、とたんにあやふやな文章になってしまいます。ぜひこの機会に、基礎をしっかり学ぶことをお勧めします。
アニメから専門書まで幅広く請け負っている立場から申し上げると、雑学もとても大事です。仕事では何を頼まれるかわからず、そのつど調べはしますが、土台があるのとないのとではまったく違います。何ごとにも興味を持ち、広く雑学を吸収し続けることが大切です。
長く勉強していれば、それだけスキルは上達します。ただ仕事になれば、また違う世界が広がっていることも事実。ある程度の実力がついたら、現場に飛び込んで学ぶというのも1つの方法だと思いますね。
女性の場合は特に、家庭の事情などでやりたいようにできない時期もあるでしょう。でも翻訳という仕事は、細くても続けていけば、いつか時間ができたときに手を広げられるのではないかと思います。私も長く続けていこうと考えています。